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わたしは、恋をした。
背が高くて、賢くて、誰にでも優しくて、まさに理想の男の子。
彼は花屋でアルバイトをしており、わたし達は毎日そこで会っている。
そもそもこの街は都市開発 が進んだ街であり、近くのショッピングセンターにすっかり客足を奪われてしまった静かな商店街で営業する花屋なので、わたし達が共に過ごす時間はいくらでもあった。
「おはよう。」
「今日も元気だね。」
「調子はどう?」
そんな他愛ない話が愛おしい。彼はこんな風にいつも優しく丁寧に話しかけてくれる。わたしには棘があるけれど、そんなところが良いと言ってくれたのだ。
わたしは、彼に恋をしている。
肌寒くなってきた季節。時間帯が夜なことも相まって、吹き当たる風がとても痛い。
わたしは、ようやく彼にデートへ連れ出してもらっていた。高層ビルの光が海面に反射し煌めいて、今まで見たこともないような美しい夜景だった。…いや、彼と同じ景色を見ている特別感がフィルターをかけているのかもしれない。
そんなことはどうでも良かった。
初めて彼と2人きりになる 。
何を話せば良いか分からなくて流れる無言の時間。
わたしも彼も緊張からか目を合わせられなかったけれど、こんな時間も幸せだった。
彼がわたしを握る手が温い。
ずっと時間が続けば良いのに。このまま時が止まってしまえば、彼の時間も気持ちもずっとわたしのもの。
そう錯覚してしまうほど、無言でも不思議と居心地が良かった。
先に沈黙を破ったのは彼だった。
「好きです。一目惚れでした。付き合ってください。」
夢みたいな心地がした。まさか彼から、わたしに告白してくれるなんて!
彼もわたしが好きで、わたしも彼が好き。
今まで貰ったどんな言葉よりも、ずっとずっとわたしの気持ちを情熱的に火を灯した。
…でも、どうして彼の視線の先にわたしは居ないのだろう?
わたしは今、彼と別の女の間に居る。
わたしは、小さいけれど立派に咲いた、燃えるような真紅の薔薇だった。
一本の薔薇。それが、わたしが今ここに居る意味であり、彼が向ける想いの先にわたしは居ない。
女はわたしより薄い、しかし愛らしいようなピンクで頬を染めて、わたしが言いたかった台詞を言った。
「私もです。喜んで。」
きっと彼女にわたしを手渡すためだろう。棘を取られたわたしには、2人の邪魔をする術は無い。
空気はこんなにも冷たいのに、この場だけは愛に満ちていた。