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小学校6年生だった夏休みのある日、祖母の家で飼っていた金魚が一匹死んだ。
祖母の家は、東北地方のとある田舎にあった。東京では考えられないほど広い土地のなかに、これまた考えられないほどの部屋数がある平屋建ての家が一軒。さらに蔵や物置小屋、庭があった。
死んだ金魚を埋めてあげようと、庭にスコップを突き立てると、なにか固いものに当たる。
「なんだこれ?畳?」
スコップを持ち替え、周囲の土を払っていくと、地面から黒ずんだ畳が一枚現れた。畳はひどく傷んでおり、ミミズが一匹暴れている。金魚は庭の片隅に埋めて、割り箸を立てた。
「…めくってみよう」
地面から突如として現れた畳を、めくらずにいられる子どもがいるだろうか。
しかし畳というのは案外重い。全身土ぼこりまみれになりながら、やっとの思いで畳を持ち上げると、畳の下には大きな洞穴が作られていた。
よく見ると、朽ちた木の板が並べられており、階段のようにも見える。さらに、わずかな日光で照らされた奥の方にも何かがあることがわかった。
「秘密基地だ!誰が作ったんだろう?」
俺は一先ず、なかに入ってみることにした。階段を降りてみると、中は思いのほか狭い。小学校だった俺が、体を屈めないと頭をぶつけてしまうほど天井は低く、広さは畳2畳といったところだった。
虫が多く、土ぼこりもひどい。
床にはおそらく座布団であっただろう布切れや、使い切ったロウソクが散らばっていた。暗くてよくわからないが、足元には15cm四方くらいの大きさの紙切れも落ちていた。
「なんだこれ?写真?
…あ!そうだ!ゲーム持ってこよう!
今日から俺の秘密基地だ!」
紙切れをポケットに入れ、意気揚々と洞穴から飛び出そうとすると、
「誠一さん!」
洞窟の奥から女性の声が聞こえた。
俺は瞬時に振り返ったが、当然誰もいない。なにせ今日まで畳で蓋をされ、埋められていた洞穴だ。土のかぶりかたを見ても、最近掘り返された様子は無かった。
あれ?ということは、ここは秘密基地ではないのか…?
なんだか急に不気味になって、小走りで立ち去ろうとすると
「待って誠一さん!ずっと待ってたのよ!!!帰ってくるって信じてた!生きているって信じてた!!」
俺はもう振り返らなかった。必死で走って家に飛び込み、仏間で線香をあげていた祖母に飛び付いた。
祖母は俺のただならぬ様子に一瞬驚いた様子だったが、そのあとすぐに頭を撫でてくれた。
「怖くないよ。大丈夫だよ。」
俺は縁側で目が覚めた。いつの間にか眠ってしまったらしい。空は赤くなり山の向こうに太陽が沈みかけていた。
台所の方から、蛇口の音とまな板のトントントンという音が聞こえてくる。祖母が夕飯を作ってくれているのか。
「あ!秘密基地…」
庭の方に目をやると俺が掘り出した畳や、洞穴はすっかり消えていた。変な夢を見たな。目を擦りながら、庭の片隅に目をやると、
割り箸が立てられていた。
そしてポケットには…
軍服を身につけ、背筋を伸ばした男性が写った白黒写真。裏には綺麗な文字で”山本誠一”と書かれていた。
「山本…俺と同じ名字だ…」
仏間にはこの白黒写真そっくりの顔立ちをした、軍服を着たご先祖様の写真が立て掛けられていた。
これは後に、学校の授業で聞いた話だが、第二次世界大戦時の空襲から逃れるため、庭に防空壕を掘っていた家も少なくなかったそうだ。
薄暗い洞穴のなかで、軍用機の音に怯えながら、大切な人の帰りを待つ。それは現世と常世、さらには過ぎ去った時間さえも超越するほど強い”念”だったのかもしれない。
祖母はその後、俺が高校生の頃に亡くなったが、この時の話は、一度も会話にでなかった。