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甚爾の気配が、完全に消えるまで、直哉はその場から動けなかった。
庭の音が、少しずつ戻ってくる。
風が枝を揺らす音。
遠くで鳴く鳥の声。
さっきまで、確かに二人しかいなかった空間が、
嘘みたいに日常へ戻っていく。
直「……ほんまに」
直哉は、ぽつりと呟いた。
直「急に来て、急に消えて」
庭石に腰を下ろす。
さっきまで甚爾が座っていた場所より、
ほんの少しだけ、ずらして。
同じ場所に座る気にはなれなかった。
胸の奥が、落ち着かない。
嬉しい、という感情は確かにあった。
それを否定する理由も、隠す理由もない。
——生きとった。
——戻ってきた。
それだけで、心が軽くなった瞬間があったのは事実だ。
直「……俺、何期待しとったんやろ」
自分に問いかけて、
直哉は苦く笑う。
理由を聞きたかった。
自分の名前が返ってくることを、
どこかで待っていた。
けれど、
それを聞いてしまったら、
何かが終わる気もしていた。
はっきりした言葉は、
いつだって境界線になる。
好きだとか、必要だとか、
戻ってきた理由だとか。
そういうものは、一度口に出してしまえば、
もう曖昧ではいられなくなる。
直「……曖昧なまんまのほうが」
直哉は、空を見上げる。
雲が流れていく。
掴めない速度で、形を変えながら。
直「俺は、近くにおれるんかもしれへんな」
甚爾くんは、何も決めない。
だからこそ、直哉も決めなくて済む。
追いかけるのか。
待つのか。
突き放すのか。
どれも、今は選ばなくていい。
禪院家という場所は、
直哉にとって檻みたいなものだ。
けれど同時に、 甚爾くんと繋がれる、数少ない場所でもある。
直「……戻ってこんでもよかったのに」
そう思いながら、
戻ってきてくれてよかった、とも思ってしまう。
矛盾しているのに、
そのどちらも本音で。
直哉は立ち上がり、
屋敷のほうへ歩き出す。
廊下の軋む音が、また一拍遅れてついてくる。
——曖昧でええ。
今は、それでええ。
そう思えるようになったことが、
少しだけ、救いだった。