テラーノベル
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「おはよう…。」
「おはよ。」
「おはよ〜。って、元貴、大丈夫?」
朝、起きてリビングに扉を開けると、ぼくの顔を見た涼ちゃんが心配そうに近付いてきた。
「やばいよ。」
続いて、若井がそう言いながら自分の目元を指す仕草をした。
「あぁ、明後日のプレゼンの資料見直してたら時間忘れちゃって。」
若井の仕草から、目の下に隈ができているんだろうなと察し、ぼくはそう説明した。
相変わらず寝付きが悪くて、どうせ寝れないなら…と、机に向かっていたので本当の事ではあるのだけど、何となくばつが悪くてぼくは誤魔化すように笑顔を作った。
「もぉ〜、一生懸命なのはいいけど、ちゃんと寝なきゃ身体壊しちゃうよ。 」
そんなぼくの様子を見て、涼ちゃんがまるでお母さんみたいな事を言ってきたので、今度は本当に笑ってしまった。
ソファーへ移動し、小さく身を縮めて座ると、そっとそこに置かれていたクマのぬいぐるみを抱きしめた。
ふわりとしたその手触りに、少しだけ心がほぐれる気がして、顔を埋めたまま、小さく『はぁ』と息をこぼす。
隣に座っていた若井が、ちらりとぼくの方を見てきた。
何か言いたげだったけど、結局何も言わずにすっと立ち上がり、そのまま涼ちゃんのいるキッチンへと向かっていった。
「元貴〜、ご飯できたよ〜。」
しばらくすると、涼ちゃんの明るい声がキッチンから響いてきた。
ぼくは、クマをソファーにそっと戻すと、深呼吸してから立ち上がり、ゆっくりとキッチンへと足を向けた。
・・・
寝ようとする頭を何とか起こそうと、目の前に用意された朝食を口に運んでいく。
「辛っ!!!なんで?!」
「ごめん〜、胡椒入れすぎちゃったぁ。」
いつものスクランブルエッグをひとくち食べた瞬間、あまりの衝撃にぼくは叫んでしまった。
「目、覚めたんじゃない?」
目を丸くするぼくを見て、若井がおかしそうに笑いながら言う。
「…ふふっ、確かに。」
言われてみれば、びっくりしすぎて頭が覚醒したような気がする。
若井に釣られて、ぼくも笑ってしまった 。
・・・
大学へ行き、講義が始まると、また眠気が襲ってきた。
先生の説明する声が、まるで子守唄のように耳に響く。
うつらうつらと意識が浮かびそうになるたび、隣の若井が声をかけてくれたり、肩や脇腹をつついて引き戻してくれていた。
「ありがと…めっちゃ助かった。」
何とか、一・二限が終わり食堂へ向かう途中、ぼくは若井に、心からそう告げた。
「いいよ。特にあの二限の先生、目付けられたら厄介だったしね。」
「いや、ほんと、まじで救世主だった。」
「二人とも〜、こっちこっちぃ。」
食堂に着くと、入口付近に席を確保していた涼ちゃんが、ぼくと若井を見付けて笑顔で手を振ってきた。
そんな涼ちゃんに、ぼくと若井も自然と顔がほころび、同じように手を振り返す。
そして、席に荷物を置くと、ぼく達は昼食を買いに券売機に向かった。
「え?元貴ご飯それだけ〜?」
昼食を持って席に戻ると、涼ちゃんがぼくのトレイを見て驚きの声を上げた。
「うん。午前中居眠りしそうになっちゃってね…お腹いっぱいになったら、今度こそアウトな気がしてさあ。」
苦笑しながら席に腰を下ろすと、涼ちゃんは唐揚げ定食。
遅れて戻ってきた若井は、なんとカツ丼。
向かいと隣のしっかりしたお昼ご飯に、サラダだけにした自分の選択を、ぼくは少し後悔した。
「元貴。」
ぼくが、しょんぼりしながらレタスを食べていると、若井に名前を呼ばれ横を向いた。
「…むぐっ?!」
すると、若井はぼくの口の中にカツ丼のカツを一切れ放り込んできた。
びっくりしたけど、その瞬間口いっぱいに広がったのは、甘めの出汁と卵のやさしいふわとろ感。
そして、ジューシーなカツの旨みに、思わず目を細める。
「ありがとお。」
思わず頬がゆるみながらお礼を言うと、若井はニッと笑って、再び自分のカツを頬張った。
「元貴、元貴っ。」
今度は前から名前を呼ばれ、若井から目線を移すと…
「…あむっ。」
涼ちゃんが、今度は唐揚げをひとつ、ぼくの口に入れてくれた。
「美味しい?」
「うんっ。おいしー!」
結局そのあと、お米もちょっともらっちゃったりして…
ぼくはしっかり満腹になり、午後の講義も案の定、若井に助けられることになったのだった。
・・・
家に帰ってきてからは、『今日こそはぐっすり寝よう』と心に決めていた。
ソファーでうたた寝しそうになったのをこらえ、夕飯はおかわりまでしてお腹いっぱい食べた。
お風呂も早めに済ませて、寝る準備は万端。あとは布団に入るだけ…のはずだった。
なのに、いざ電気を消して目を閉じると、なぜか冴えてしまう目。
体は疲れていて、確かに眠いはずなのに、頭のどこかだけがやけに冴えていて、全然寝られる気配がない。
「…はぁ。」
寝ようとすればするほど、どんどん眠気は逃げていく。
このまま布団の中でぐるぐるしていても仕方がない、とぼくは一度、気持ちを切り替えることにした。
冷蔵庫に入っている麦茶でも飲もうと、静かに布団を抜け出して、足音を立てないようにキッチンへと向かった。
「…若井?」
キッチンに着き、冷蔵庫を開けようとしたその時、誰かがこちらに近づいてくる足音が聞こえた。
誰だろうと、冷蔵庫を開けたまま振り返ると、冷蔵庫の明かりに照らされた若井が無言でそこに立っていた。
「ごめん。もしかして起こしちゃった? 」
自分の足音で起こしてしまったのかと心配になり、そう尋ねるけど、若井は首を横に振った。
「…お茶、飲むけど…若井も飲む? 」
さっきから一言も発さない若井に少し違和感を覚えたけど、眠いからなのかもと思い、あまり気にしない事にした。
返事はないけど、一応若井のコップも用意しようと食器棚に手を伸ばした瞬間、急に若井がそのぼくの手をギュッと握ってきた。
「元貴、最近寝れてないでしょ?」
そして、真っ直ぐぼくを見てそう言ってきた。
どうやら若井は、ぼくの不眠に気が付いていたらしい。
今朝、何か言いたそうにしていたのは、このことだったのかもしれない。
「うん、まあね…でも、大丈夫だよ。」
ぼくは軽く笑って言うけど、若井はじっと見つめたまま、ぼくの嘘を見透かすような目をしていた。
「…前は、頼ってくれたじゃん。」
少し拗ねたように言ったその言葉に、思わず胸がちくっとする。
“頼ってくれた”その言葉の意味は、まだ二人で一緒に住んでいた時に遡る。
その時も、度々寝れない事があって、そういう時は、何となく若井と一緒なら寝れる気がして、若井の部屋に乗り込み、たまに一緒に寝てもらう…と、言うか、無理矢理ベッドに潜り込んでいたんだけど…
多分、若井はその事を言っているのだろう。
「いやー、ほら。今は涼ちゃんも居るし。なんか…恥ずかしいじゃん?」
ぼくは若井の言葉にそう返した。
でも、若井はぼくの言い訳に納得してない顔をする。
確かに、これも、理由のひとつではあるけど、それだけじゃない…
でも、もうひとつの理由は言えないから…
「…若井に甘えてばっかじゃダメだしねっ。」
ぼくはそう誤魔化すように笑ってみせた。
すると、若井はぼくの手を引っ張って歩き出した。
「ちょ、ちょっと。若井…?!」
ダイニングを抜け、リビングを通って、そのまま若井の部屋へ。
手は繋がれたままで、離す気配すらない。
慌てて声を掛けると、若井はぼくを見て、ぽつりと言った。
「寝るよ。 」
え? と戸惑うぼくの気持ちなんてお構いなしに、ベッドの方へと引っ張っていく。
「あの、ぼく…大丈夫だからっ。」
さっきから心臓の鼓動が早くて、落ち着かない。
なのに、こんな状態で一緒に寝るなんて絶対無理だ。
あの頃とは“違う”んだから…
でも、そんな事言える訳もなく、ベッドに座る若井にそう言うけど、手は掴まれたままで、若井にはぼくを返す気は一切ないように見えた。
「なに、今更遠慮してんの。」
若井がぼくの手を引く。
そのままバランスを崩したぼくを、若井が抱きとめるようにして受け止めた。
体がぴったりと重なる。
心臓が、ドクン、と跳ねた。
「寝るよ。」
若井はもう一度その言葉を言うと、ぼくを抱きしめたままベッドに横になる。
「や…あのっ。」
恥ずかしくてたまらない。
必死に腕の中から逃れようとするけど、若井はそれを許さないように、ぎゅっと力を込める。
「…甘えられるの嫌じゃないって言ったじゃん。」
拗ねたような声だった。怒ってるのか、悲しんでるのか…
でも、抱きしめられてるから表情は見えない。
「元貴に甘えられなくなったら…寂しいし。」
そういえば、数ヶ月前、初めて喧嘩した時にそんな事を言っていたような気がする。
「…ごめん。」
素直にそう言うと、若井はふっと息を吐いた。
「いいから…寝て。」
「…このまま?」
「うん。だって、離したら逃げそうだし。」
「…に、逃げないよっ。…たぶん。」
「多分じゃん。ふふっ、正直かって。」
若井が少しだけ笑った。
その声に、ぼくの緊張もふっと緩む。
それでも、胸の鼓動はまだ早いままで、とてもじゃないけど、眠れそうにない…
そう思っていたのに。
「おやすみ。」
そう言って、若井がぽんぽんと、子供をあやすように背中を優しく叩いてきた。
その手の温もりが、思っていた以上に心地よくて、じんわりとまぶたが重たくなってくる。
そして耳元でかすかに聞こえる、少し早めの若井の心音。
それが妙に安心感をくれて…
気づけばぼくは、若井の腕の中で静かに眠りについていた。
コメント
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毎日楽しみに読んでますー! いよいよ、お話しが展開しそうでドキドキ💘 元貴、どっちが好きなの… 若井頑張れ✨️(笑)
若井いけめーん