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けたたましいというには大袈裟な、パチパチと何かが爆ぜる音で目が覚めた。

部屋が暑いのはわかるが、寝起きで目が開けられない。

稲武黒樹《いなぶくろき》は布団をはいで身体を起こす。その瞬間、一気に意識が戻った。

火。

橙の炎がちらちらと揺れながら、黒樹の周りを取り囲んでいる。布団を部屋の真ん中に敷いて、床がフローリングであることが延焼を妨げているようだった。

―逃げなくては。

自分でも驚きたいくらいには冷静に、黒樹はあたりを見回した。

「詰んだー」

すでに黒樹のいる二階部分に逃げ場はないだろう。少なくともパジャマだけで切り抜けられるルートはない。八月二九日、防災の日を目前に一四で死ぬ覚悟を、黒樹は決めた。


サイレンの音は微かに聴こえている。

黒煙の他に白煙もときどき上るから、消火もされているのだろうが、それでは間に合わない。既に火の手は黒樹のすぐそこまで迫って、黒樹のすべてを糧に黒樹さえ葬ろうとしているのだから。

その内にゅっと現れた銀色の手と、ヘルメット越しの懸命な叫びを聴き流しながら、黒樹は火に触れた。不思議と怖くはない。どころか、黒樹の目にその炎は美しく映った。

火が笑っている。

幼い声で、楽しそうに黒樹を誂っている。それが現実だということに気づき、黒樹は踏み出した。

そのうちに、炎が黒樹に入り込み、焔へと変わる。


黒樹は心地よく眠っていた。


「起きたか」

黒樹が身体を起こすと、整った顔立ちの青年が後ろから声をかけた。廃れた建物には地下のような心地よい臭さがある。

「飲め」

差し出されたのは水だった。一口飲んで、口を拭う。

「な、お前どっから来た」

青年が尋ねた。そういえば、なぜここにいるのか黒樹は覚えていない。

「わからないです」

火事のことは隠した。

身体がなぜか熱い。

じっとしていられない。


黒樹は立ちあがり、扉に向かった。

開けようとしたが、開かない。

「そこ釘が打ってあって開かな…」

黒樹は腹に力を込めて、身体の熱を指先にあつめて火を点けた。

青年が驚いて口をつぐむ。

やり方は不思議とわかっていた。


火力をあげてしまえば、鉄なんてすぐに溶けて扉としての機能を失う。

「どこ行くんだよ」

「帰るんですよ、ありがとうございました」

黒樹が火を消して、すでに明るい街へ出ようとしたら、青年が腕をつかんで止めた。

「帰るってどこにだよ、家、火事になっただろ」

黒樹は抵抗するのをやめる。

「……何故それを?」

「見たんだよ」


昨晩、猪高涼《いだかりょう》が喧嘩を済ませて帰っていたら、家が燃えていた。涼はすぐに通報した。鎮火する前に救助隊が入っていったが、少年が拒否し火に飛び込んだと言われ帰され、それで帰っていたら、ゴミ捨て場にすすだらけの黒樹を見つけて保護した。

涼は自己紹介の後で黒樹にそう伝え、ストゼロの缶を開けた。

「その火……」

涼は怪訝そうに尋ねる。

「……知らない」

黒樹にも、これが何なのか全くわからなかった。


涼は少し考えて、火に飛び込んだときになにか聞かなかったかと質問を変えた。

そういえばあの時は子どもの笑い声のような声がふたつみっつ響いていた。


それが、なんなんだ?

黒樹は少し苛立った。

それとも彼は何かを知っているのか?

この不可解な現象を?


「妖だ」

涼は納得したような清々しい面持ちで、言うよりも漏らすに近い言葉を黒樹に投げつけた。

あやかし?

妖怪や霊の類だというのか?

黒樹はそういうものをまるさら信じなかった。


意味もない怒りが込み上げてくる。さっきから火の行き場がなくて、吐き出したがる身体が感情を操りまくっている。


「……」

黒樹は黙って出ようとした。

帰る場所なんてなくていい。どこか頼れる、然るべき機関に行くつもりだった。なのに命知らずなのか恩着せがましいのか、涼がまた黒樹を止めた。

「おい黒……」

「ほっとけて言うてるやろ!!」

黒樹の周りを、瞬時に黄色い炎が取り囲んで涼を遠ざけた。昂ぶりに合わせて火力や温度が変化するらしい。


「友達になってくれ!」

黒樹の意思表示は伝わらないどころかなぜか涼の心を強く打ったようで、火の燃え盛る音をかき消すほどの声で、涼は叫んだ。

驚いて黒樹があっけにとられると、怒りとともに火は消えた。なんとも忙しないこの火、ものは燃えるし溶けるのに、焼け跡なんかが残らないから不思議だ。


「黒樹は色々あって辛かったり俺なんかとダチは嫌かもしれねぇけどよ」

涼の喋り方は案外ぶっきらぼう。そこは少し気に入っていた。

「俺、お前と組んだら最強だって思っちまった……!」


涼はそう黒樹に叫んだ。

まるで居場所を求めるような、羨望と命乞いが混ざったような瞳で。


もう、失わないなら。

護れるなら。

傷が開こうともこの熱の側にいたい。

自分を、流されやすい泥水のような人間だとまとめていた涼は、黒樹の焔に触れる度に、己の奥底の言葉から浮かびつづける粋な泡沫を感じていた。それを忘れたくなかった。


黒樹も気づいていた。

彼は、涼はこの辺では有名な暴走族グループの一員で、いわゆる不良であると。組む、というのは大方喧嘩のときの頼れる背中、だろう。

黒樹は喧嘩は強くない。だけどバイオレンスは苦手ではない。合理的かつ安全な解決方法ではないが、生き物である以上人間も時に力を行使してもいいのではないかと感じてはいた。決して逆張りではない。


どうせ帰るところはない。

なら、涼について行っても問題はない。


「いいよ、組もう」

黒樹は言った。

納得すると、心というのは安定するものだ。安定すると、火も操りやすくなる。


黒樹はさっき溶かした元ドアを拾い上げてまた熱した。両手で炎を出しながら形を整えて、大きさを枠に合わせてから嵌め直し、蝶番も溶接でつけ直す。

この要領ならガラスもいけそうだ。


「すげぇ」

「悪用すんなよ」

黒樹は釘を刺し、ソファに腰掛けた。

廃工場というべきかこの建物はボロボロ。血痕の類もある。だけど階段以外はしっかりしているからべつに良かった。


「な、な、火だしてよ」

「え、今」

「なー頼むよー」

涼が年甲斐のない瞳で黒樹にすり寄る。

黒樹はまた火を点けた。

「どうやっとん?」

「腹力入れて指力入れて息整えてレッツファイア」

「ながれるように……」


正直なところ自分でもこれがなにかはまだよくわからない。涼もあれ以上のことは知らないようだったし、妖説も却下。

そもそも生身の人間が身体から火が出るなんておかしいに決まっている。わからないから、わからないままにしておこうと思う。


五時の時報が、黒樹の地獄耳に響いていた。

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