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身を捩って神崎君の拘束から逃れようとするも難しい。
あまり筋肉がなさそうなヒョロっぽい体型に見えたが、やはり男と女では力に差がある。
「離して! ちょっと、何考えてるの!?」
「好きなんだ。美香⋯⋯初めて会った時から君に夢中だった」
熱い告白を聞く度に危機感で卒倒しそうになる。
拘束を何とか振り解いて部屋までついて来てしまいそうだ。
都会の子はこんなに強引なのかと混乱する。
酔ってお持ち帰りしようとしたチャラ男にも驚いたが、既婚女性に強引に迫る彼も大概だ。
「私、結婚してるって知ってるよね」
「⋯⋯関係ないよ」
この場合の「関係ない」の意味を非常に無責任に感じるのは、私が嫁として過ごした時があるからだろう。
大学に入って気がついたが、都会のこの年頃の男は結婚なんて全く考えていない子が殆どだ。
そもそも、私の立場も考えず迫ってくる彼はヤリたいだけなんじゃとさえ思ってしまう。
「本当に良い加減にして」
何とか彼を引き剥がそうとすると、今度は私の頭を両手で抱き込んでキスしようとしてきた。
彼は既に傘を手放していて、私も彼もずぶ濡れだ。
(誰か、助けて⋯⋯)
ぎゅっと目を瞑り、思い浮かぶのは何故だか慎也さんが私を心配そうに見ていた顔だった。
「痛っ」
神崎君の声が頭の上から聞こえて、見上げると彼の手が捻りあげられている。
「嫌がってるだろう」
そこにいたのは、私が海斗に絡まれていた時も助けてくれた栗山政治だった。
「誰だよ。お前」
「弁護士だけど? 取り敢えず、婦女暴行未遂で警察呼ぶね」
栗山政治がポケットからスマホを出そうとするのを見て、神崎君は傘も置き去りにして逃げ出す。
栗山政治は肩を竦め、私の頬をハンカチで拭うと傘を差してくれた。
「見張ってるから、部屋に入って」
「ありがとうございます。この辺りに住んでるんですか?」
私の質問に彼は柔らかく笑顔で応えた。
「トラブル続きで大変だけど、いつでも相談に乗るから電話して」
「すみません。ご迷惑お掛けしました」
私は深く頭を下げると部屋に入った。
家賃で決めてしまったが、オートロックもないアパートに住んだのは失敗だった。
お風呂に直行しながら、私は今日会ったことを考える。
学部もバイト先も同じで、こんな気まずくなるような事をして神崎君はどうするつもりなのだろうか。
私は地元では、ここまで強引な告白はされたことがない。
誰が告白して、振られたとか狭いコミュニティーではあっという間に広まる可能性があるからだ。
(ここだって大学の近くで知り合いに見られている可能性もあるのに、変な噂が立ったら嫌だな⋯⋯)
私の心配を大きく上回るデマが流れていたのは翌日からだった。
教育学部の教室に行くと、何だか周りがヒソヒソと私を見て話している。
神崎君と目が合ったが、あからさまに逸らされてしまった。
表情から察するに悪い噂のようで怖くなり、授業の合間にコーヒーでも飲もうとキャンパス内のカフェに来た。
コーヒーを買おうと列に並んでいると、すれ違い様に女の声で「ビッチ」と囁かれる。
私は気がつけば、その女の手首を掴んでいた。
高杉家での虐げられ生活で気弱な性格になっていたが、言われのない誹謗中傷は我慢ならない。
「何? どういう意味?」
手を掴んだ子は、前に私の格好のダサさや地方出身を馬鹿にしてきた子の一人だった。
「そのまんまの意味だけど、人妻の癖に学生を部屋に連れ込もうとしたんでしょ。慌てて逃げたって書き込みがあったよ。怖いからバイトも一緒だけど、もう辞めるってさ」
「書き込み!? 何それ! そんな事してない」
大学の裏サイトでもあるのだろうか。
私は出鱈目の内容を皆が信じているのではないかと怖くなる。
「そんな嘘吐く必要、やられた側にはないじゃん。学部とイニシャルまで晒して皆も気をつけるようにって注意喚起してるんだから信用性がある書き込みだって皆言ってるよ」
私は心臓がバクバクした。きっと書き込んだのは神崎君だ。
彼がどうしてそんなデマを流すのか理解できない。
「あの、ご注文は?」
順番が来ていて、私は注文をしようとするも声が出ない。
周りが私を冷ややかな目で見ていて、胸が苦しい。
私は深く頭を下げて、カフェを出た。
「そんなに欲求不満なら、早く田舎に帰って旦那に抱いてもらいなよー!」
背中からする声に耳を塞ぐ。その後も、私は好奇の目に晒されながら授業を受けた。
今日は若菜ちゃんの家庭教師の日だ。門の前では慎也さんが待っているだろう。彼からも冷ややかな目を向けられたら生きていけない。
重い足取りで歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「美香! 大丈夫?」
「マリ? 私は大丈夫」
「嘘! 大丈夫じゃないよね。誹謗中傷されて困ってるでしょ。訴えちゃいなよ」
マリは私は信じてくれているようで、心が温かくなる。
「そんなに大事にしたくない。訴えるようなお金もないし⋯⋯」
私の返答にマリは困ったような顔をして、震える声で呟く。
「⋯⋯やられっぱなしで良いの? 私の憧れてた如月美香はもっと強かったよ」
一度、高校時代に対戦した時の私を知るマリ。
あの時は自分の何もかもに自信があったし、年上の彼氏もいて調子にも乗っていた。
「ごめん、マリ。話し掛けてくれてありがとう。私、バイト行くね」
門に慎也さんが待っているのが見えて、彼の元まで走る。
慎也さんは一瞬、私を心配そうな顔で見たが、すぐに笑顔になって流れるように車の中に案内した。
「いつもお迎えありがとうございます」
「いえいえ」
彼の視線の温かさに安心していたら、思わぬことを彼から言われる。
「脇田マリと仲良いの? 最近、格好も似て来てるよね。あの子はラウンジで働いてるとか、パパ活をしているとか噂もある子だから避けた方が良いよ」
私は思わず膝の上に置いていた拳を握っていた。
「そんな噂が何ですか? マリの一部を聞いただけで、彼女の何も知らないですよね。格好が似ているのはダサい私の為にマリが服を貸してくれてるんです!」
強く反抗するような言葉を言ってしまい、私は小声で「すみません」と呟く。
「そうだよな。噂なんて信じて、美香さんの大事な友達を批判してごめん。今日のブルーオーラのワンピースも凄く似合ってるよ」
「ありがとうございます。すみません。生意気な口を聞いてしましました。この服の色ブルーオーラって言うんですね。芹沢さんって流行にも詳しいなんて凄いです」
「⋯⋯いや、俺は流行とか気にしないんだけど、妹が一応モデルやってるし」
慎也さんはまた照れたように頬を染める。いつもの柔らかい空気がそこにあって私は気持ちが安定した。
「じゃあ、今日も若菜をよろしくお願いします」
「芹沢さん、送ってくれてありがとうございます」
若菜さんの部屋に入るなり、彼女が嬉しそうに私にくっついてくる。
「私、金曜日が一番好き! 美香さんに会えるし、美香さんのお陰で毎週お兄ちゃんに会えるようになった」
「そうなの?」
彼女の話によると、私が家庭教師を初めて以来、金曜日は慎也さんが実家に帰ってくるようになったらしい。
まるで、私が慎也さんに影響を及ぼしているようで照れ臭い。
若菜さんとの授業の間には必ずおやつタイムがある。
扉をノックして現れたメイドさんがお盆に載せているメロンパフェを見て私は固まってしまった。
頭の中で高杉家の出来事がフラッシュバックする。
すると、若菜さんがお盆を持ってメイドさんに突き返した。
「臼井さん。ごめん。美香さん、メロンアレルギーなんだ」
「そうなんですか、失礼しました」
私は突然のことに呆気に取られていると、若菜さんがニコッと笑った。
「食べたくないものはアレルギーって言えば良いってお兄ちゃんが言ってた」
「はい?」
「私がモデル始めた頃、体重管理が厳しくて給食を残してたんだ。そしたら、学校から呼び出しされたの。お父さんが忙しくて、お兄ちゃんが代わりに来たてくれたんだ。お兄ちゃんが先生に私が食べないって事はアレルギーかもしれないから食べさせないでくださいって先生に言い放ったんだよ」
まだ、大学生の慎也さんが保護者代わりをしたのも驚きだが、給食を食べない言い分がぶっ飛んでいて私は笑いそうになった。
「えっと、でも、アレルギーの届出は出してないんですよね」
「先生にも突っ込まれてたよ。でも、人の体は日々変わるから、突然、アレルギー反応を起こすかもしれないって論破してた」
私は笑いが堪えきれず吹き出してしまう。「恋人契約」をしようと提案してきたり、慎也さんは発想が非凡で面白い。
「帰り道にね。お兄ちゃんが、モデルの仕事キツイなら辞めれば良いし、風船みたいに太っても私の価値は一ミリも減らないって言ってくれたんだ」
「素敵なお兄さんですね」
「そうだよ。惚れそうでしょ」
若菜さんは軽く言ったつもりの言葉に私は「そんな訳ない」と返せない。
私は既婚者である上に、慎也さんと私には貴族と平民のような経済格差がある。
育って来た環境も全く違うし、彼が私を気にかけてくれているのは同情だろう。
授業が終わり私はいつものように慎也さんの車に乗り込みながら、いつもとは違った気持ちで彼を見つめていた。
たわいもない話をして、私のアパートに到着したところで思いもよらない誘いを受ける。
「美香さん、よかったら、明日の土曜日、息抜きにどこかに出掛けない?」
コメント
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第16話読みました!神崎くんの強引さにゾッとしたけど、栗山さんが助けてくれてほっとした…。でも次の日にはデマで誹謗中傷されてて胸が痛かったです。そんな中、マリをかばって慎也さんに言い返す美香さん、強くてかっこよかった!若菜さんとの「アレルギー」エピソード、思わず笑っちゃいました。ラストの慎也さんのデートのお誘い、どうなるんだろう…ドキドキします🌙