渡り廊下を渡って、北斗がコーラの缶が入った段ボール二箱を抱えて、肩で本家の玄関のドアを押した
そこで一番最初に目に入ってくるのは牧場の従業員も使う8人掛けの大きな長テーブルだ
しかしその上は散らかり放題に荒れていた
キッチンは生ゴミ置き場の匂いを充満させ、食べ物のカスが付いた皿が、カピカピになってテーブル中あちこちに無造作に置かれている
プラスチックのコップを持ち上げると「にちゃっ」と液体状のモノがコップの底とテーブルに糸を引いた
そのテーブルの上のゴミを一気に腕で下に落とし、コカ・コーラ―の段ボールを置いた
北斗は目を閉じて母親が生きていた頃を思い出した。母は手先の器用な人だった
テーブルに並ぶ美味しい料理、レースのカーテンが風に揺れる出窓、台所の笑い声・・・・心の底から懐かしかった
そして床に散々している色んなゴミを蹴りながら、キッチンの奥のリビングに向かう
リビングはとても広いが、黒の革製の北斗のような大男が2~3人、寝転がっても十分な大きさのソファーがL字型で大型テレビを囲んでいた
しかしもはやそのソファーの背もたれは、ハンガーラックのように、男三人の洋服が山積みにかかっていた
それぞれの部屋で着替えないからこうなるんだ・・・
ハァーッ・・・とため息をついて北斗は思った
その時服の山の中からひょこっと、くしゃくしゃの黒髪の男の子が顔を出した。アンパンマン柄のパジャマを着ている
こぶしで片目を擦りながら7歳の成宮明(なりみやあきら)が北斗を寝ぼけまなこで見た
「アキ・・・どうしてお前は二階のベッドで寝てないんだ?」
明の唇が動きかけるのを見て北斗は胸が締め付けられた
その時の不安感・・・なかなか出てこない言葉を,絞り出そうとする時の辛さは知っている
この小さな義理の弟も自分と同じ問題を抱えている
自分とはまったく血がつながっていないのに不思議なものだ・・・
継母が浮気の末に蒸発した時の置き土産だ
北斗はしゃべろうと明が苦労しているのを根気強く待った
「な・・なっ・・ナオがいっ・・・一緒に寝てくれるって、い・・言ったから待ってたら・・ね・・寝ちゃったの・・・ 」
明はようやく言った
北斗は明を抱き上げていかにも彼が岩のごとく重いかのように振舞った
「重くなったぞ!腕が抜けそうだ 」
明がクスクス笑って北斗にしがみついた、実際には小鳥のように軽い少し汗でしめった頭を撫でてやる、北斗の胸に甘いぬくもりが広がる
自分の子供が欲しい。今までは漠然とした夢だったが伊藤アリスに出会ってから、ひしひしと暖かい家庭を夢見るようになっている
「今年の春にはお前は小学校にいくんだぞ?ちゃんとベッドで寝れるようにならないと 」
明が暗い顔で言った
「い・・・行きたくなっ・・ない・・がっ・・学校なんか・・・ 」
「学校に行ったら友達も出来るぞ?楽しいことがいっぱいあるよ」
「ほ・・・北斗といる・・・ 」
ぎゅっと首にしがみついてくる。母親の違う弟の背中を優しく叩いてやる
不安なのはわかるが、いつまでもこの家で北斗達大人だけと関わって生きていくわけにはいかない
「今日はアレクサンダーに乗せてやる。それと噓つきのお前の二番目の兄さんは?どこにいるか知ってるか? 」
黒毛の勇ましい雄馬アレクサンダーに乗せてもらえると言われて、明の小さな体に興奮が走っているのがわかる彼は思わず笑顔になった
「あ・・朝方・・トラックの音がしたから、ナオは・・帰ってきてると思う・・・」
「着替えてきなさい 」
∴・∴・∴・∴
北斗が母屋から畑を挟んだ納屋に顔を出してみると、藁の山の中に埋もれて北斗の実の弟直哉が、いびきをかいて寝ていた
とても酔っぱらっている。尻がズボンからはみ出している。納屋中が酒臭い、なんとも情けない
こいつは昨夜も牧場と町の間にあるスナックで朝まで飲んでいたのだろう
北斗は納屋の入口に佇み腕を組んで、コイツをどうしたものかとため息をついた
ボコボコに殴るのがいいか、それとも頭から水をかぶせるのがいいか
「なんだ?そこで寝てるのはナオか?」
その時北斗の後ろから話しかけたのは。北斗の親友で郵便局員の「笠原仁かさはらじん」だった
北斗の同級生は身長185センチはあり、そして30歳を超えた今でも、成長期のように身長は伸び続けている。灰色の郵便局員の制服のズボンからくるぶしがはみ出ている
彼の家族は巨人一家でお父さん(郵便局長)も、お母さんもとても大きい家族だ、村の人々は彼の事を「ビック・ジン」と読んでいた
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