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14 ◇離婚届
北山涼にとって今回の温子の工場の寮への入所に関わるまでは、涼の中で
彼女の存在は、紙上に書かれている従業員名という存在でしかなかった。
北山の工場で、温子が子育てを終えて後働き始めてから5~6年は
経っているのだが、個人的な接触がなかったこと、そして温子が大きな子持
ちの既婚者であることもその一因であったかもしれない。
妹の珠代の話によると彼女は家族に冷遇され半ば縁切りのような形で
家を追い出されたと聞いている。
直に離婚するのではないか……そのような話も聞いた。
今回のことで彼女からは大変有難がられ、時折妹と一緒に手料理を
振舞われるようになった。
会話自体はおしゃべりな妹がリードしていて自分も彼女も大抵聞き役で
笑っているだけなのだが、これが……この時間がすこぶる楽しくて、涼に
とって生きるためのスパイスになりはじめていた。
妹も、自分と2人だけの時とは違って水を得た魚のように楽し気である。
寡黙な兄相手とは違い話し甲斐があるのだろうと思う。
このように珠代を介して……交えて、涼と温子は徐々に打ち解けて
話せる間柄になっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
そして温子が家を出て2か月も過ぎた頃、温子の元へ凛子から1通の手紙が
届く。
その中には証人の署名に哲司の署名、そして判子などが押されており、あとは
自分の署名と判子を押せば役所に出せる『離婚届』が入っていた。
『お姉さん、もうそろそろ離婚届を出しませんか? お義兄さんの署名と判子は
ついてあるので、そちらで早めに出しておいてください』
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