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巫女都
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翠
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――小学校三年生。
すち「おはよぉ」
母「おはよう、すち。昨日学校どうだった?」
すち「普通だったよ」
ランドセルを背負って、靴を履いて学校に行く。
いつも通りの一日だった。
夜になり、父親が帰ってくる。
父「すち」
すち「はい」
父「水」
すち「分かりました」
すちは台所へ向かう。
水を持って戻る。
父「そこ置いとけ」
すち「はい」
それだけ。
褒められることもない。
頭を撫でられることもない。
「ありがとう」と言われることもない。
それが普通だった。
父親に言われたことをする。
返事をする。
怒らせない。
それで一日が終わる。
――そんなある日。
父「すち、これ明日の朝までにやっとけ」
すち「はい」
父親に頼まれたことを、すちはちゃんと覚えていた。
……つもりだった。
翌朝。
父「すち」
すち「はい」
父「昨日言ったやつは?」
すちの顔が固まる。
すち「……あ」
忘れていた。
父「……あ?」
すち「す、すみません。今から――」
父「今からじゃねぇだろ」
低い声だった。
すち「……はい」
父「昨日言ったよな?」
すち「はい……」
父「一回言われたこともできないのか?」
すち「……すみません」
父「謝れば終わると思ってるのか?」
すち「……」
父「お前は本当に何も考えてないな」
すちは黙って俯いた。
父「自分が何を言われたかくらい覚えとけ」
すち「……はい」
父「チッ出来損ないが」
すち「……すみません」
父「もういい。今すぐやれ」
すち「はい」
すちは急いで動いた。
手を動かしながら、何度も頭の中で同じ言葉を繰り返した。
(次は忘れない)
(ちゃんとしないと)
(怒らせないようにしないと)
それから。
父親に頼まれたことは、何度も確認するようになった。
一つ終われば、次。
言われたことは全部覚える。
返事をする。
失敗しない。
――そうしていれば、大丈夫。
そう思っていた。
――小学校四年生。
ある日の休み時間。
友達「すちってさ、何が好き?」
すち「え?」
友達「好きな食べ物とか!」
すち「……うーん」
すちは少し考える。
すち「分かんない」
友達「えー、なんかあるでしょ!」
すち「じゃあ……給食」
友達「給食の何?」
すち「……分かんない」
友達は笑った。
友達「すちって変なの!」
すち「そう?」
すちも笑った。
嫌な気持ちにはならなかった。
でも、帰り道。
(好きって……なんだろう)
初めて、そんなことを考えた。
学校では友達と笑う。
家では言われたことをする。
楽しいことはある。
嫌なこともある。
悲しいことだってある。
でも。
(俺、何が好きなんだろう)
答えだけが出てこなかった。
そして、その翌日。
学校から帰ったすちは、玄関で靴を脱いだ。
父「すち」
すち「はい」
父「そこ、靴揃ってない」
すちは慌てて振り返る。
すち「あ……すみません」
父「何回言えば分かる?」
すち「……はい」
父「返事じゃなくて直せ」
すち「はい」
靴を揃える。
父「あと、これ」
父親が机の上を指差す。
父「片付けとけ」
すち「分かりました」
父「それから――」
また一つ。
また一つ。
言われたことを、すちは黙ってこなしていった。
その日の夜。
布団に入ってからも、父親の声が頭から離れなかった。
(ちゃんとしないと)
(失敗しちゃいけない)
(怒らせちゃいけない)
そして、ふと思う。
(……俺は、何がしたいんだろう)
答えは出なかった。
コメント
1件
おつかれさま、碧さん! 第7話読み終えたよ……これ、すちくんの子供時代のエピソードだね。 「怒らせないように」「ちゃんとしないと」って自分に言い聞かせてる姿が胸に刺さるわ。 好きなもの聞かれて「分かんない」って答えるシーンとか、地味だけどすごく重みがあった。 父親の「チッ出来損ないが」で全部説明されてる感じがした。無言の圧力とか、日常の中の小さな支配がじわじわくる構成で、読んでて苦しくなったよ。 次の展開どうなるか気になる!