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#異世界転生
#婚約破棄
#ハッピーエンド
千椛
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「あれ? グラディスさん、その子……」
「ああ、俺の娘のカレンだ」
カトラルの街を出る為に城壁を通過しようとしたら、門番さんに声をかけられた。
どうやら、グラディスさんの知り合いらしい。
『俺の娘のカレン』
この一言が、こんなにも嬉しいなんて。
私はもう、デインズ家の娘でもヴァージニアでも無いのだ。
「ええっ、炎風のアストリーに隠し子が!?」
「はは、あんまり言いふらすなよ」
グラディスさんが笑いながら手を振って、門をくぐる。
あの人が、街に来る時にも対応してくれたという門番さんかな?
私がカレン・アストリーとして暮らしていくにあたって、痕跡を辿れないように少しの細工をした。
シルワ村で借りた馬は、アルフィーさんが他の村にある神殿をいくつも経由して返却してくれることになった。
家具職人グレンの行き先を辿りにくくする為だ。
カトラルの街には家具職人グレンが立ち入った形跡は無い。
この街にやってきたのは家具職人では無く、冒険者のグラディス・アストリーだ。
しばらく休業していたベテラン冒険者が久方ぶりに人前に現れたというのは、この街の門番さんが確認している。
アルフィーさんからお金を借りて、グラディスさんは現役時代のように装備を調えた。
今のグラディスさんは、初めて会った時のような村人の姿では無い。
どこから見ても、歴戦の冒険者だ。
そして、私はグラディスさんの娘のカレン・アストリーに生まれ変わった。
家具職人のグレンはこの街には来ておらず、かわりに有名な冒険者とその娘が訪れ、そして旅立っていった。
門番さんが知っているほどに有名な冒険者と聞いて驚いたのだけれど、グラディスさんは全国に数えるほどしか居ないSランクの冒険者らしい。
そんな人が、どうして引退をして家具職人をしていたのだろう。
気にはなるけれど、聞くのも気が引ける。
必要な話ならば、いつかきっとグラディスさんの方から話をしてくれるだろう。
今はただ、カトラルの街を出て新たな地へと旅立とう。
新しい馬も購入して、これから二人の旅が始まる。
私はまだ一人で馬に乗れないので、グラディスさんが後ろからしっかりと支えてくれている。
カトラルの街に運び込まれた時は意識が無い状態だったから、馬に揺られて景色を眺めるのは初めての経験だ。
最初はゆっくり馬を歩かせ、私が慣れてきたら少しずつスピードを速めてくれる。
私はすぐに流れる景色に夢中になった。
今までは異世界に生まれ変わったというのに、自然を楽しむ余裕も無かったから。
こんな風にのんびりと旅をする機会も無かった。
何もかもが新鮮で新しい。
あの家から解放されたというだけで、見るもの感じるもの全てが輝いていた。
私達二人はアトキンズ王国の貴族の手が届かない隣国に向かう予定だ。
目指すイグナーツの街はグラディスさんが冒険者時代に立ち寄った辺境の街で、魔物が多く冒険者にとっては仕事に事欠かない所だと言う。
魔物が多いのは少し心配だけれど、グラディスさんが言うには領主様もとても良い人で、治政も安定しているらしい。
安住の地に辿り着くまでは、馬に揺られてのんびりと二人旅だ。
「おとう、さん……」
「もうちょっと自然に、一息で言ってごらん」
緑に囲まれた林道を、のんびりと馬で行く。
そろそろ、今日宿泊予定の村が見えてくる頃だと言う。
この村を過ぎると次の街までは少し距離があって今日中に辿り着けるか微妙なところらしいので、少し早いけれど村で宿を取る予定だ。
「おとうさん」
「うん、良い感じだ」
ペースを緩めて何をしているかと言えば、私がグラディスさんを『お父さん』と呼ぶ練習。
実際に口に出してみると、すごく恥ずかしい。
思えば、デインズの屋敷では『お父さん』『お母さん』と呼ぶことなんて無かったから。
この世界では、生まれて初めて口にする言葉だ。
「お父さん!」
「そう、それでいい。少しくらい元気がある方が、子供らしくていいぞ」
私の声に、グラディスさんが嬉しそうに頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
大きな掌。最初は気付かなかったけれど、彼の手には剣を握って出来たらしい肉刺がいくつもある。
確かに、これは家具職人の手では無い。
戦う人の手だ。
大きくて、温かい手。
これからは、この手が私を守ってくれる。
その後も練習を重ねてスムーズにお父さんと呼べるようになってきた頃、小さな村に辿り着いた。
日が暮れる少し前で、村の外れではお爺さんが牧羊犬と一緒に羊を柵へと追い込んでいる。
どこにでもあるだろう、のどかな風景。
きっとシルワ村もこんな感じだったのかな。
あの村では景色を見る余裕も無かった。
羊を追いかける牧羊犬の姿に、自然と表情が綻ぶ。
そんな私を見て、グラディスさんはゆっくりと宿に向けて馬を進めてくれた。
「あんた、冒険者か。その子はあんたの子供かい?」
「ああ。部屋を頼む」
今日の宿は、シルワ村の宿より少し大きいところだ。
同じように一階が食堂になっていて、村の人達が利用出来るみたい。
今はまだお客さんは誰も居なくて、奥から包丁を叩く音が小刻みに聞こえてくる。
「ベッドは一つ? 二つ?」
「二つで」
二人のやりとりに、気付いてしまった。
そうか、同じ部屋で泊まるんだ……!
親子なんだから、そうなるよね。
私はまだ子供だから、別の部屋を取るというのも不自然だ。
大丈夫、前世で言うところのツインルームみたいな部屋のようだし。
なにもやましいところは無い。
そう自分に言い聞かせはしたものの、男性と同じ部屋というのは少し緊張してしまう。
「食事はついていないから、食べるなら下の食堂で何か注文するんだな」
「分かった。馬は預かって貰えるか?」
「ああ、こっちで世話をしておこう」
宿代を払い終えたグラディスさんと共に、二階に上がる。
私達が泊まる部屋は、二階の角部屋。一番日当たりが良さそうな部屋だ。
扉を開けて部屋に入れば、夕暮れ時前の少し冷えた空気が入り込んだ。
「お腹はどうだ?」
「まだ大丈夫です」
まだ仕込みをしている最中っぽかったもんね。
もう少ししたら食べに行こうとグラディスさんにお願いして、ベッドに腰を下ろす。
思っていたよりも、寝心地の良さそうなベッドだった。
ふかっと沈み込むあたり、私がデインズ邸で使っていた固いベッドとは大違い。
と言っても、あの頃は使用人の部屋を使っていたんだっけ……そりゃ、ベッドも安いものなはずだよね。
グラディスさんも私の隣に腰を下ろした。
グラディスさんが座った瞬間、ベッドが揺れて身体が浮きそうになる。
やっぱり、大きいなぁ。
隣を見上げると、優しい瞳と交差する。
グラディスさんがふと目を細めて、私の髪を撫でてくれた。
優しくて、温かな時間。
ずっと、こんな時が続けばいいのに。
既に小説のストーリーとは大きく変わってしまった。
私は火傷を負っていないし、怪我はしたけれども傷痕は残っていない。
何より、今はデインズ家を出てグラディスさんと旅をしている。
見付かって連れ戻されない限りは、原作のストーリー通りにヴァージニア・デインズが生きることはもう無いだろう。
今の私はカレン・アストリーなのだ。
「これ、美味しい!」
「だろう? もっと食べるといい」
夕食時には、食堂はすっかり賑やかになっていた。
旅人は少ないようだが、農作業を終えた村の人達が飲みに来ているようだ。
この村はシルワ村よりもずっと裕福に見える。活気があって、宿屋兼食堂も盛況そうだ。
「せっかくだし、イノシシの肉も注文するか」
「今食べたのは何のお肉なんですか?」
テーブルにはソテーされたお肉と野菜の付け合わせが盛られたお皿が置かれている。
グラディスさんの前にはワインのボトルとグラスが。
私の前には水の入ったグラスとパンの置かれた皿がある。
「今のは鹿肉だな」
「鹿のお肉! 初めて食べました」
デインズ家でお肉を振る舞われたことは、ほとんど無い。
前世でも食べた覚えが無いから、きっと初めての経験だ。
ジビエ料理って癖があるイメージだったけれど、思っていたよりもずっとあっさりしている。
「このあたりは自然豊かな土地柄でねぇ。それは有難いんだけど、鹿だのイノシシだのが頻繁に現れるんだよ」
「なるほど」
注文を取りに来た店主の言葉に頷く。
食べ物が多いところに、自然と動物達も集まるということなのだろう。
鹿やイノシシは前世でも害獣と呼ばれていた。
話を聞く限り、こちらの世界でも扱いは同じようだ。
鹿肉のソテーの次は、グラディスさんが追加で注文したイノシシ肉が運ばれてくる。
こちらも美味しそうな焦げ目が食欲をそそる。
食べやすいようにグラディスさんが切り分けてくれている最中に、突然入り口付近で大きな声が上がった。
「お前、大丈夫か!!」
「酷い傷だ……おい、布を持ってこい!」
開いた扉の向こうから、支えられた男の人が運ばれてくる。
彼はぐったりと頭を垂れていて、その肩は赤く濡れていた。
「猟師のバートじゃないか! 何があったんだい」
「も、森に、グリズリーが……」