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「……朝倉。お前、その両手の荷物はどうした」
出席簿を片手に戻ってきた小谷先生が、私の手元を見て足を止めた。眼鏡の奥の鋭い視線が、対照的な二つの飲み物を交互に射抜く。
「あ、これは……その、差し入れというか、ええと……」
「……お前は給水所か何かか? 両手が塞がってては仕事にならん。……ほら、貸せ。一つ持ってやる」
先生は私の答えを待たず、片方の温かいカフェオレを大きな手でひょいと取り上げた。
「「あ……!」」
バスの近くにいた二人が同時に反応する。
凌先輩は、自分が紗南ちゃんのために選んだ飲み物を先生に奪われ、絶句している。
一方で遥は、自分の渡したスポーツドリンクが私の手に残ったのを見て、「……ふん、あっちが邪魔だったんだろ」と言わんばかりに、少しだけ口角を上げた。
「先生、それは僕が……」
「副部長、いつまで突っ立ってる。出発するぞ、さっさと乗れ」
凌先輩の言葉を遮り、先生は無造作にバスへと乗り込んだ。
補助席に座った私の目の前。先生の座席のドリンクホルダーには、凌先輩がくれたはずのカフェオレが収まっている。
「……紗南ちゃん、今の見た?」
真横の席で、先生への差し入れを渡しそびれた成瀬先輩が、驚いた顔で私を小突いた。
「先生、確信犯じゃない? 凌くんの牽制をあんなに自然にスルーしちゃうなんて……。あんたの周り、バスの中でもう戦場ね」
バスが再び走り出す。
手元に残った冷たいボトルを握りしめながら、私は目の前の先生の背中と、後ろから突き刺さる二人の視線の間で、ひたすら小さくなっていた。