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しゅんの広い胸の中でひとしきり泣いて、少しだけ落ち着いた頃。
僕は彼の腕に包まれたまま、ふと思い出した過去の断片を口にしてみた。
「ねぇ、しゅん?」
「んー?」
「僕の記憶違いだったらあれなんだけど……。俺らさ、高校卒業するかもってくらいの時期に、1回だけ一緒に帰ったよね?」
「え? 覚えてるん!?」
びっくりした様子で、がばっとこっちを振り向いたしゅんの目が、子供みたいにキラキラと輝いて嬉そうに揺れる。
「いや、なんとなくしか覚えてないけど……一緒に帰ったな〜って」
「そやで!! 一緒に帰ってくれたやん!!! 俺、卒業したらもう二度と会えなくなるかもって思ってな? あの時、もうめっちゃくちゃ勇気出して誘ったんよ!!!!」
「あはは、なんかそれ、思い出してきたかも笑」
「本当はな……?」
しゅんは僕を抱きしめる腕の力を少しだけ緩めると、どこか遠くを見るような、切ない目を落とした。
「俺、もう……ずーっとじゅうと話してみたかったし、仲良くもなりたかったんよ。でもな? ……俺、学校であんな風に変に噂されてたやろ? 俺と仲良くしてたら、じゅうまで変な目で見られたり、変に言われるんじゃないかって……それが心配でな? 何もできなかったんよ……」
「、え? そんなの、俺は全然……」
「でもな……? 卒業したら本当に終わりやって思ったらな……? 最後に一度だけ、って。あの日、雨が降ってたし、外ももう暗かったから、誰も俺だって気付かないかなって……」
「そうだったんだ……」
僕の知らないところで、彼がそんなにも僕を大切に、臆病なほど優しく想ってくれていたなんて。
戸惑いを隠せないけれど、その時から彼の中に僕がいたんだと思うと、胸の奥がじんわりと甘く痺れた。
「あの日の思い出だけで、俺は今日まで生きてきたんさ!!! へへっ」
満面の笑みでこちらを見てくる。
その愛おしさに、僕の口元からも自然と笑みが零れる。
「でもなんか、さらに思い出してきたかも笑」
「え? なに〜?笑」
「あの時さ、しゅん、めっちゃ顔赤かったよな!!笑」
「そ、そりゃそうやろ!! ずっとずーっと片想いしてた人を、生まれて初めて誘うんやで? ……そんなん、顔だって真っ赤になるわ!!」
「ずっと下向いてぼそぼそ話してるかと思えば、急にがっついてきて、俺、まじびっくりしたんだけど笑」
「そ、それは、じゅうが煽るからやん!!」
「はー?笑 煽ってないから笑」
「いやいや、あんなん絶対煽りやん! 誰がどう見ても!!!!」
ぴーぴーと大袈裟に主張しているけれど、もちろん煽ったつもりなんてない。
ただ……無意識の行動でも、周囲にそう思われてしまうことは、その後の人生でもよくあった。
「まぁ、それはいいんだよ」
「良くないけどな!笑」
「……あの時さ。駅のホームで、助けてくれたじゃん? 覚えてる……?」
「あぁ……あのくそじじいやろ? 俺のじゅうに気安く触りやがって! って、あの時めっちゃくちゃ腹立っててん!!」
「ふふっ。『俺の』って、当時は友達かも怪しいくらいの関係だったけどな!笑」
「ちょ! じゅうちゃん、ひどない? ……事実やけど!!!笑」
おどけて笑い合いながらも、あの時のしゅんの後ろ姿が、僕の脳裏に鮮明に蘇る。
「でもさ、あの頃の俺は……男のくせに、あんな風に痴漢みたいな目に遭うのがさ……。すごく情けなかったし、恥ずかしかった。声を上げることもできなくて、ただ我慢するのが当たり前だと思ってたから……。しゅんが代わりに怒ってくれたの、本当は、すごく嬉しかったんだよね」
「あほか! 当たり前なわけないやろ!! じゅうは何も悪ないのに!」
「うん。だから、ありがとね」
「ええんよ。……でも、じゅう……本当に綺麗やからなぁ。それからは、大丈夫やったん……?」
しゅんの何気ない問いかけに、僕の心臓が不穏にドキンと跳ねた。
「まぁ……色々、あったかなぁ……」
言葉を濁したけれど、その後もそれはまぁ、色々どころではなかった。
電車や人混みでの痴漢、執拗な付きまとい、ストーカー行為に悩まされるのは珍しくなかったし、むしろ「何もない平和な日」のほうが珍しかったくらいだ。
「……ごめんなぁ? 俺がずっとじゅうの傍にいれば、ずっと守れたかもしれへんのに……」
しゅんが自分のことのように胸を痛め、悔しそうに顔を歪める。
「いや、俺が弱いのが悪いから」
「それは違うやろ。じゅうは悪くないよ、絶対に」
「……、……」
静寂が部屋に満ちる。
しゅんの優しい全肯定が、今の僕には、まるで鋭い刃物のように胸に突き刺さった。
「いや……悪いんだよ……」
ぽつりと、自分を呪うような冷たい声が僕の口から溢れた。
僕の態度が、僕の存在そのものが、相手の欲を刺激して、あんな目に遭わせるんだ。
現に、大好きな彼でさえ、僕のことを「煽りやん」と言った。
つまり、全部僕のせいだ。
僕がこんなだから。
弱くて、男のくせに、こんな身体だから。
「やめてな? 自分を責めんでな、じゅう」
しゅんが引き留めるように僕の肩を掴むけれど、その手の温もりさえ、今の僕には眩しすぎて、苦しかった。
――しゅんは、何も知らないから、そんな綺麗なことが言えるんだ。
あの暗闇で、僕がどんな風に引き裂かれて、あの左脇腹にどんな消えない傷を刻まれたのか。
それを知っても、しゅんは、本当に「お前は悪くない」なんて言ってくれるのだろうか。
to be continued……….