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昼下がりの教室での出来事。
茶色の髪をなびかせた貴方から、微かな笑い声が聞こえた。
「え〜っと、それでね――」
大勢のクラスメイトに囲まれて笑顔で話している貴方を見ると、胸の奥がジンジンと痛むような気がした。
――まただ。
また、私じゃない誰かと笑ってる。
ねぇ、その笑顔を私以外の人に向けたいでよ…私にだけその笑顔を見せてよ…
ねぇ、みのり。
別に、みのりがクラスのみんなと仲が良いのは知っている。
愛嬌もあって、可愛くて、気遣いができて…
そんなみのりを、みんなが放っておくわけがないもんね。
みのりは優しいから、誰にでも同じように笑いかける。
だからこそ、その笑顔が自分だけのモノじゃないってことが、余計に私の胸を締めつけるんだよ。
「…桐谷さん、さっきからずっとこっち見てるけど…何かあった?」
「…!いや、特に何も…」
「…そう」
みのりの隣の席の女子に声をかけられたけど、私は一瞬で笑顔を作って「うん、何でもない」と返す。
本当は何でもなくない。
胸の奥のどろりとした感情は、日に日に濃くなっている。
私の視線の先がみのりってこと、もうバレてるのかな。
自分でも分かりやす過ぎるなって思うくらいに、私はいつもみのりのことをよく見ている。
思えば、この感情はずっと前から芽生えていた。
最初は、ステージで一緒に歌っている時。
みのりの笑顔は眩しくて、見ているだけで心が満たされた。
でも、それは私にだけ向けられていると思っていた。
…気づいてしまったのは、ある日。
放課後の帰り道に、みのりが他の女の子達と楽しそうに笑って帰っている姿を見てしまって。
「ねぇ、今度どっか遊びに行こうよ!」
「良いねぇ。みんなでお揃いのキーホルダーとか買ったりプリ撮ったりしたいね!」
「…えへへっ、すっごく楽しみだなぁ!」
「………っ!みのり……」
私以外の子と遊ぶ約束なんてして。
しかもお揃いのキーホルダー?みのりと一緒にプリクラ?
(……許せない、許さない……)
あの時から、私のみのりへの想いは異常な方向へと進んでいったのかもしれない。
授業中、ノートにペンを走らせるふりをしながら、視線は無意識にみのりを追ってしまう。
はぁ…好き。好き好き好き大好き愛してるよみのり。
全部が好きで、全部を自分だけのモノにしたい。
でも、そんなことを言ったら、みのりはきっと困るに決まっている。
…下手したら、嫌われるかもしれない。
みのりに嫌われるくらいだったら、私は…。
けれど最近、耐えられない瞬間が増えてきた。
他の人と笑っている声が耳に入るたび、胸の奥がざらついて、息苦しくなる。
(私が一番近くにいるはずなのに…どうして?)
そんな問いが、何度も心を締めつける。
昼休み。
今日も数人の友達と机をくっつけて、笑いながらお弁当を食べている。
その輪の中に、自分は居ない。
「ねぇ聞いてよみのり〜っ!」
「なになに〜?」
「……っ」
……みのりはいつからこんなに”悪いコ”になっちゃったの?
……私だけを見てくれたら、それでいいのに。
机の下で拳を握りしめ、寂しい気持ちも、悔しい気持ちも、全部胸の中に抱え込みながら私はこう思った。
――もう、無理。
周りの奴らには何思われても良い。私は、私はみのりだけを手に入れていたいの!!!
立ち上がった瞬間。
何人かが振り返るが、私は気にも留めず、そのまままっすぐみのりの元へ歩く。
周囲の声が遠のき、みのり以外の全てがぼやけていく。
「……みのり」
低く名前を呼ぶ。
すると、みのりが驚いたように顔を上げる。
「あ、遥ちゃん――」
全てがどうでも良くなった。
みのりだけを手に入れる為に、私は今、ここに居るんだ。
「……私以外の人と笑わないで。」
「…ふぇ?遥、ちゃ……?」
周りの空気がピリつく。
「えっ…え?」
とても困惑しているみのり。その間にも私はみのりに一歩ずつ距離を縮めた。
机と机の間、逃げ場はもうない。
「私以外に、そんな顔向けないで」
「……遥ちゃん?どう、したの…?何で、そんな…」
その不安そうな瞳さえ、もう手放したくなかった。
「みのりは私だけのモノになれば良いの!!他の人のことなんと見ないでよっ!!」
「……っ!なん、で……っ!」
「え、なになに?」
「桐谷さん、急に何を言ってるの?」
「…私だけモノ?なんでそんなことを花里さんに……」
「…桐谷さんの目がガチっぽいんだけど。てか、最近桐谷さん花里さんのことばっか見てたよね」
「まさか、それが今になって……」
周囲の声なんて、私の耳には一切届かなかった。
……そして。
――唇が触れた。
「……っ!?//」
教室中の時間が一瞬止まったようだった。
数秒の静寂の後、私は唇を離した。
「……ふふ♡みのり…やっと、やっとだ…♡」
「……はるか、ちゃん……っ」
みのりから一歩離れた瞬間、ギャラリーから声が湧き出た。
「ちょ、遥!?!?何やってんの!?!?」
「え、今…桐谷さん、花里さんに…え?」
「み、見間違いじゃないよね…?急にそんなこと…どうして」
ざわめきと悲鳴が一斉に沸き起こる。
でも、そんなの今の私には関係ない話だ。
「……これで私の気持ち、伝わったでしょ?ねぇ、みのり……♡」
みのりの瞳は大きく揺れていた。
「……遥ちゃん……なんで、こんな……」
震える声で、僅かに声を出すみのり。
その一言で、一瞬だけ表情が揺らいでしまった。
「…我慢できなかった。みのりが他の人と笑ってるの、もう見てられなかった」
けれど、またすぐに笑顔を造り。
「大丈夫。私、みのりを世界で一番愛してるから」
「…桐谷さん、ヤバくない…?え、だって、付き合ってないんでしょ…?」
「それなのに勝手にとか…ヤバいわ…」
「花里さん泣きそう…」
「強引にキスされるとかマジで可哀想だよ…」
周囲の視線なんて、存在しないみたいに。
私の世界は、みのりだけで満たされていた。
みのりは小さく首を振る。
「…わた、し…まだ、誰ともキスしたことなかった…のに…」
「しかも…こんな、みんなの前で…っ、何で…」
「関係ないよ」
食い気味に言葉を返す。ざわめきの中、誰かが近くで「やめとけって!」と声を上げた。
それでも私は動かない。
むしろ、その声すら遠くに感じているようだった。
「……怖いよ、遥ちゃん」
「大丈夫。怖くない。だって私、ずっとみのりを守るから」
守る――その言葉が、優しさにも鎖にも聞こえた。
昼休み終了のチャイムが鳴る。
けれど誰も席に戻らない。
教室中の視線が二人に注がれる中、遥はみのりの手を離さず、そのままじっと見つめ続けた。
そしてみのりは、初めて知った。
「好き」と「怖い」が同時に胸に入り込む感覚を。
その瞬間、二人の間にあった“普通”は、音もなく崩れ落ちていった。