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☕真夜中の闖入者(ちんにゅうしゃ)(続き)
リヴァイは、イリスの手から「完璧な紅茶の淹れ方」のメモを、まるでゴミでも見るかのように引き抜いた。彼の目が、メモの冒頭を捉えた瞬間、その瞳に見慣れない感情が宿った。
メモには、彼が三日三晩かけてハンジに語った、紅茶の抽出における水の硬度、蒸らし時間、そして何より**「カップの表面張力を保つための磨き方」**までが、詳細に記されている。それは、彼自身が、頭の中で何度も反芻してきた理想の工程だった。
リヴァイの口元が、わずかに、本当にわずかに緩んだ。それは、イリスの目には、ほぼ見えない変化だったが、張り詰めた空気の中に、一筋の緩和が生まれたのを確かに感じた。
リヴァイ:「…これ。誰が渡した」
彼の声は、もはや怒りではなく、驚きと、どこか深い懐かしさを秘めていた。
「ハ、ハンジ分隊長であります…!『最高の衛生状態』を提供することが、兵長への…その、**『任務』**だと…」
リヴァイは、フンと鼻を鳴らした。ハンジの愉快犯的な意図は、瞬時に理解できたのだろう。しかし、彼はメモを握りしめたまま、イリスの顔をじっと見つめた。
リヴァイ:「…それで、お前は、こんな時間に俺の**『聖域』**を侵してまで、その『任務』を遂行しようとした、と?」
「は…!もちろんであります!私の至らなさで、兵長のご機嫌を損ねることは、任務遂行の妨げになると考え…まずは、兵長の**『精神的な衛生状態』**を整えることが最優先だと判断いたしました!」
イリスは、ハンジから仕込まれた「建前」を、真剣な瞳でぶつけた。
リヴァイは、しばしの沈黙の後、小さくため息をついた。そのため息には、諦めと、ほんの少しの amused(面白がる)感情が混ざっていた。
リヴァイ:「…全く、お人好しにも程がある。ハンジの悪趣味な遊びに、真正面から乗っかる奴がいるとはな」
彼は、メモをイリスに突き返した。
リヴァイ:「そのメモに書かれた**『完璧な紅茶』。次に、俺が許可なしにお前を叱責した時、それを淹れてみろ。淹れられたら、今回の『深夜の侵入』**は見逃してやる」
イリスの瞳が、希望に満ちて輝いた。それは、罰ではなく、リヴァイからの**「次の任務」**の提示だった。
「はっ!必ずや、兵長が求める**『完璧な衛生状態の紅茶』**を提供いたします!」
リヴァイは、イリスの真っ赤な顔を、一瞬、冷たい目で見据えた後、窓枠へと視線を移した。イリスが磨こうとした、窓のサッシの交わる微細な溝。
リヴァイ:「…窓枠は、俺の仕事だ。二度と触るな。だが…」
彼は、静かに言った。
リヴァイ:「俺の執務室の机の上、いつも**『無駄な感情』が散乱しているようだがな。それを片付ける『任務』なら、許可してやる。ただし、埃一つ残すな。そして、その『ぬるい紅茶』**のような、中途半端な気持ちも持ち込むな」
それは、イリスの心に対する、彼なりの最高の「衛生管理」の指示だった。イリスは、震える声で答えた。
「はっ!承知いたしました!兵長!」
リヴァイはそれ以上何も言わず、イリスに背を向け、窓枠の前に立った。夜空を見上げるその背中は、以前よりも、ほんの少しだけ、近づいたような気がした。
イリスは、深く一礼し、静かに執務室を後にした。彼女の握りしめた手の中には、紅茶のメモと、新たな「任務」への決意が、熱く宿っていた。