テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ち ょ こ 。
22,688
かんな
690
鷹槻れん

2,537
#シークレットベビー
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
1,640
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
マントをひらりと翻しながらリングに上がった一慶さんを、私は笑いつつも視線を逸らすことなく眺めた。
ハムスターではない。ハムスターみたいな可愛い顔ではない。
紺碧の、空みたいな真っ青な瞳。色素の薄いサラサラな茶色の髪。
あの時の肥満体型はどこへたら。すらりと手足が長く筋肉で引き締まっている。
「うおおおおおー」
自分の左腕の前でvサインをすると、ちょうど指で傷口が隠れた。
彼のポーズに会場からは、天井が落ちてきそうなほどの歓声が上がる。
一慶さんだ。この人が一慶さん。
あの時の、一慶さん。
そして私とルームシェアをしていた一慶さん。
野菜がゴロゴロしたカレーが好きで、筋トレしないと眠れなくて、しゃべるとうるさくて私のことを一番に考えてくれて、それでも孔一くんを突き飛ばしたとき、駄目なことはだめだと注意してくれた一慶さんだ。
「今日はーお前らのためにいいいいい」
もっと彼が知りたいなって思った。知りたい。
教えてよ、一慶さん。
「流伽……」
私が見上げていたのにもすぐ気づいてくれた。
「俺の流伽。会いに来てくれたんだ。流伽」
リングから降りて私の目の前に来た一慶さんは、私の頭二つ分は高い。
「……綺麗な、空みたいな瞳」
「そうだろ、俺って……え?」
調子のいい返答をしようとしていた一慶さんが、真顔になった。
そして手を握って拳を作ると震えていた。
「怪我が治ったから、私と一緒に遊んでほしいの」
彼の震える手を掴んだ。
「沢山、一緒に出掛けて一緒にご飯を食べて、広い部屋で笑って――私は夢見がちで恋愛の経験がなにもないお子さまだからゆっくり、ゆっくり」
ゆっくり恋愛をしてくれませんか。
私の言葉に、一慶さんは今度はちゃんと自分の言葉で返事をしてくれた。
お父さんに怒られるから遊ばないと、自分を守るために遠ざけたあの時と違う。
震える声で、一慶さんはマイクをリングの上から持ってくると、目を何度も擦りながら言う。
『ああ。沢山の『好き』を伝えるから、だから、俺をいつか流伽の家族にしてほしい』
歓声と共に笹目さんや森苺先輩が駆け寄ってくる。
お姫様抱っこで抱えられリングに上げられた私は、努力の結晶の一慶さんの頬にキスをした。
私を選んでくれてありがとうと。
見た目は、少女漫画の王子様よりはちょっとだけ筋肉質かもしれないけど、格好良くて素敵でそして性格は世界で一番極上に良くて優しい人。
国の法律でお見合いは嫌だったけれど、でも今はちょっとだけ感謝。
お見合い制度のおかげで一慶さんが私に声をかけてくれたことだけは感謝している。
そうしないと私たちはもしかしたらもう関われなかったかもしれないから。
お見合いよりは時間はかかるかもしれないけど、それでも私は今、こうやって今の一慶さんを見て幸せだった。
この人が良い。国が色んな方向から選んで決めた相手ではなく、この人が良い。
そうやって自分で決めたいんです。
歓声の中、笹目さんと一河が泣いているのが見えた。
その日の記憶は、緊張していてそれ以降は全てぶっ飛んでしまったけれど、それでも私は幸せだった。