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【春が来る前に君と死んでいたかった】
⚠︎死ネタ
・ ・ ・
中学二年生の五月中頃に君は転校してきた。おしゃべりが上手な担任が言うことには、彼の両親は仲が悪く、裁判の結果親権を勝ち取った母親に連れられてここまで引っ越すことになってしまったんだとか。
「よろしく」
隣の席に座った君は、俺の目をチラと見てから何の熱もこもらない平坦な声でそう言うと、まるで義務をこなすように握手を求めてきた。
「…ウン」
それなら無理に付き合う必要はないだろうと、俺は君の手を取らずに黒板をまっすぐ見据えて小さく言葉を返した。
ほんの少し、隣に座る君が纏っている空気が揺れた…そんな気がして横を見る。
「…」
五月の中頃といっても、作品を飾る額縁のような教室の窓に収まっている桜の木にはまばらに花が咲いている。
そんな、中途半端なのにどこか趣を感じる桜を背にして、小さく微笑みを浮かべる君の表情の、なんと危うく魅力的なことか。
今にも首に輪を括ってしまいそうなその瞳の仄暗さが、中学二年のその日、俺の脳裏に呪いの如く付き纏い離れなくなった。
・ ・ ・
君は転校してからクラスで浮くような事も、引越しの経緯が無責任な担任によって広まったことをきっかけにいじめられるような事もなく、クラスによくいる一生徒としての立場を確立していた。
「誰か昨日のノート見せて!」
「俺の見せたげるよ」
「うわ、まじか!さんきゅ!」
「どういたしまして」
隣で君とクラスメイトによって繰り広げられる、よくある面白みのない会話を聞く。
クラスメイトがノートを書き写してお礼を述べてから離れた後、君の顔からはふっと力が抜けるようにごく自然に笑みが消え去り、ぼんやりとした表情の君は授業が始まるまで、あの日からあまり変化のない桜の木を眺めていた。
「…だからこの問いには…で、この公式は当てはまらないから……して…する事で…」
パズルのように難解な問題だろうと、君はろくに教師の説明を聞かずに答えをスラスラとノートに書いてしまう。
一人で問題を見つめて考えている時のカチ、カチ、と一定のリズムを刻むシャープペンのノック音は小さくて、隣り合わせの席で君に対して意識を向けている人間でなければ気にもならない。
でも、俺にとってはその一人でいようとする頑なさの象徴のようなその音が、耳障りに感じていたりする。
「はぁ」
見る・見られる。ただそれだけの関係が急転したのは、君が転校してから一週間とすこし経った頃のこと。
自分でも自覚するほど偏食だった俺は、いつも給食の時間に自分の皿の上に残った苦手な食べ物を持て余していた。
「…」
昔と違って全て食べ切るまで給食を終わらせません、なんてことは起こらないけれど、みんながおしゃべりをしながら黙々と箸を進めるのに、俺一人だけが箸を置いている状況があまり好きではなかった。
「それ、嫌いなの?」
唐突に隣の席から声をかけられたことで、ガタリと椅子が音を立てる。
幸い会話で賑やかな教室では目立つようなことはなかったものの、大袈裟な反応に対して自分が恥じらいを感じるかどうかは別問題であり、当然ながら俺は急激に上昇した体温を感じながらも小さく頷いた。
「そっか、いつも野菜だけ残してるもんね」
「…っ」
ただの指摘であろう平坦な声にも、自分の罪が暴かれたような居心地の悪さで素っ気なく顔を背けて黙り込む。
すると、小さな衣擦れの音ともに自分の皿からカチャン、と微かな音が聞こえて、ハッと顔を戻すと白い皿の上で存在を主張していた色鮮やかな野菜たちが姿を消していた。
「ェ…」
「ん?」
…隣に座る君の皿の上には、野菜があった。
端を正しく持って側から見ても綺麗に食べる君の姿が、とても寂しそうに映る。
俺はその日の放課後に席を立った君の、シワひとつない黒いガクランの袖を摘んで、一緒に帰ろうと誘ってみた。
「…途中までなら」
断られたらどうしようと視線を泳がせていた俺を見下ろす君は、口の端をほんのり持ち上げてそう言うと、手を離した俺のガクランの袖を摘んで校舎へ歩いた。
君は学校を出ると随分とよく喋った。
「今日は親いなくてさ…」
「最近のゲームがさ…」
「この前の授業はさ…」
そうやって話題を次から次に生み出しては突き詰める事もなくポイと放り捨てるのが気になって、俺は足を止める。
それに気がついた君も、数歩先で立ち止まって俺を振り返ると、不思議そうに首を傾げた。
「どうかした…?」
「…」
口を開いて、はくりと息を吸うでもなく吐くでもなく、とにかくそうした後に一度仕切り直すように口を閉じてからまた開く。
「…ベツニ」
さらさらと流れていく帰り道は唐突に別れ道に到達した事で終わりを知らせた。
どことなくモヤモヤしたまま手を振って、すっかり歩き慣れた道を歩こうとすると、ドンと背負っていたカバン越しに君がぶつかってきたので、数歩前によろめく。
「…あ…した、も…その……」
珍しくまごつく君の顔が見てみたくて、振り返れないようにカバンを押さえつけていた君の手を取ってから後ろを向いて…
「ヘェ…!」
「ぅ…」
初めて見る君の表情に目を大きく開いた。
君らしいと思えたその顔をみた俺は、微笑みを浮かべて君の言いかけた言葉に、たしかな返事を返した。