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トモエはうなずいて、改めて尋ねた。
「では、ヒミコさん、ウルハさん。ここはどこなんでしょうか?」
ヒミコが答える。
「東京都千代田区外神田、この建物は神田佐久間町て住所やけどね。俗に言う秋葉原の街や。聞いた事ぐらいあるやろ?」
「え! あたし、秋葉原に来てたんですか?」
「さて、今度はこっちが質問する番や。あんさん、あんな所で何してたんや? それもあんな薄着で。地元の人間やないやろ?」
ヒミコは部屋のドアに足を向けながら、トモエを手招きした。
「ちゅうても、立ち話もなんやろ。下の階が社員の休憩室になっとるさかい、そこで話聞こか」
案内された休憩室は思いの他広かった。三人掛けのソファがコの字型に並べて在り、無骨な造りの低い大きなテーブルがあった。
ウルハがマグカップに入った暖かいココアをトモエに渡してくれた。トモエは今までの経緯を二人に話し始めた。
北関東の地方都市で高校に通っていた事。両親はトモエが中学生の時に病気で亡くなり、長年疎遠だった父親の兄、つまり父方の伯父に引き取られた事。それ以来以前から酒癖の悪かった伯父の素行がますます悪化した事。
高校卒業後、就職する事になっていた地元のスーパーの内定を、知らぬ間に伯父が勝手に取り消し、卒業式のその夕に、突然海外へ行けと言い出された事。
トモエは拒んだが、無理やり伯父に連れ出されそうになり、隙を見て伯父を突き飛ばし、家から逃げ出して、着の身着のままで電車に飛び乗った事。
伯父は、他にもトモエと同じ年頃の若い女が大勢集められ、大金と引き換えにどこか外国で男たちのために働くという話であった事。
その仕事の中には、会った事もない外国人の男たちの「夜の相手」をする事も含まれる事など。
トモエがひと通り話し終えたところで、ウルハが憤然とした口調で言った。
「要するに金に目がくらんだ親戚が、まだ成人したばかりの娘を性風俗か何かに売り飛ばそうとしたわけじゃねえか。時代劇じゃあるまいし、今は二十一世紀だぞ」
ヒミコは腕組みをして異を唱えた。
「そうとも言い切れまへんで。世間にはまだまだよくある話や。それで、トモエはん。あんたが売り飛ばされかけた先の事、他に何か聞いてまへんか? たとえば国の名前とか」
トモエはしばらく考え込んで、首を横に振った。
「詳しい事なんか聞きたくもなかったので。あ、ひとつだけ……何のことか分かりませんけど、伯父さんがしきりに『ジハード・ブライド』という言葉を言ってました」
ウルハがヒミコに訊く。
「アネゴ、何の事か分かるか?」
ヒミコは首を小さく横に振った。
「いや、分からんな。ま、大方、どっかの売春宿の名前ちゅうとこですやろ。さて、そうなるとや」
ヒミコは両手を膝の上に置き直し、トモエに向かって身を乗り出した。
「うっかり警察には頼らん方がよさそうやな。下手打つと、その伯父さんの元へ連れ戻されるからな。高校は卒業式済ませとる、言うたな? で十八歳になっとるんなら、問題はないやろ。行くあてもないやろから、しばらくここに居りなはれ」
トモエは驚いて言った。
「いいんですか?」
ヒミコはソファの背もたれに身を預け直して答えた。
「乗りかかった船ちゅうやつや。身の振り方が決まるまで、遠慮のう、ここにおったらええ」
その時、休憩室のドアが開いて、自動車修理工のようなつなぎの作業服姿の若い女が入って来た。こちらも眼鏡をかけているが、ヒミコのそれに比べると、黒縁が分厚く、レンズも分厚い。
その女はトモエに気づくと、駆け寄ってきてトモエの手を取った。
「よかったあ! あなた、気がついたんだね。心配したよ」
戸惑っているトモエにヒミコが言った。
「その子もうちの社員や。昨夜は夜中まで、トモエはんの看病しとったんやで。ちょうど良かった。トワノ、この子はトモエゆう名前やそうや。着とった服はクリーニングに出しとるし、着替えも持ってへんようやから、しばらくあんたの服貸してあげなはれ。あんたら二人、似たような背格好やからな」
「はい、ヒミコおねえさま、喜んで。じゃあ、トモエちゃんだっけ、あたしの部屋へ来て」
案内されたトワノの部屋は、さっきまでトモエが寝かされていた部屋と同じフロアだった。川沿いに立つ、細長いビルの三階だった。トワノの部屋はベッド以外の空間の半分以上が、馬鹿でかいコンピューターらしき装置の山で占領されていた。
「あはは、ごめんね、散らかってて。かまわないから、ベッドに腰掛けてて」
トワノは部屋の隅っこにある大きなスーツケースを開いて、おしゃれな服を次々と引っ張り出した。
ワンピース、フリルの付いたブラウス、数枚の明るい色のミニスカート、上品な刺繍が一面に施されたジャケット。
トモエは少し焦ってトワノを止めた。
「あ、あの、トワノさん。そんなにたくさんじゃなくて大丈夫ですから。取り合えず一着あれば。それに、そんなに綺麗な服を借りちゃ申し訳ないし」
トワノは右手を頭の後ろに当てて照れ笑いをした。
「あ、あはは。ごめん、うれしくて調子に乗っちゃって。でも遠慮しなくていいよ。これ全部買っただけで、あたしは着ないから」
「え? 持ってるだけ? どうして?」
「いやほら、うちの会社のおねえさま方ってみんな美人で、ファッションもイケてるでしょ。あたしも真似したくて買ってはみるんだけど、着る勇気は出ないんだよねえ。あたしには似合わないって分かってるし」
トモエは返事に困って、愛想笑いを浮かべた。
「似合わないなんて事はないと思いますけど」
「いいよ、気を遣ってくれなくても。あ、それと、トモエちゃん、年いくつだっけ?」
「18です。今月高校卒業したばかりで」
「じゃあ、あたしと同い年じゃん。敬語じゃなくてタメ口でいいよ」
結局トモエは比較的地味なワンピースをワンピースを借りて着替えた。背後の着付けを確かめてくれているトワノにトモエが訊く。
「この会社、あなたたち3人でやってるの?」
「あと3人いるよ。そのうち会うだろうから、その時紹介するね。あ、あたしは御法坂(みのりざか)トワノ。トワノでいいよ」