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<私の、ただ1人の憧れ>
2024-07-29
高等部1年生。私が16歳の頃。
忘れもしない、私の雨に出会った。
✦✦✦
その日は朝から土砂降りで、じめじめしてて少し気分が下がっていた。
空気がいつもよりずーんと重くなっていて、雨が地面に打たれる音が夕方の教室に響き渡る。
雨が降っていたからか、その日外での実技は無く、実技がまだ苦手だった私は心の中で授業が始まる度にガッツポーズを決めていた。
「…ふー。」
もうすぐ中間試験も近いし、感覚で覚える実技ではなく暗記などが多い座学に集中して取り組めるのはとてもいい事。私個人としても、これはかなり有意義な授業時間になると思っていた。
雨の音がいいBGMになって、いつもより集中出来て、とても心地よかったのを覚えている。
そこで寝ても良い、なんて言われたら、当時の私は速攻で寝た、というぐらいには。
試験範囲を効率良く勉強できる参考書、詳しい解説が載っており、尚且つ応用問題もできるワーク、それから過去問と自分の弱点を徹底的に集め纏めた自分専用問題集。
その日の授業が全て終わり、午後4時を回る頃、私はそれらを教室で1人勉強していた。
カリカリと、雨の音と重なって耳に入るこのペンの音は好きだった。
他の誰もいないと感じられる。この時間、この空間が好きだった。寮に帰れば内部進学組のもう1人の生徒が居るから、こんな風に落ち着いて、冷静に1人で勉強は出来ない。編入組の私にとってまだ内部進学組の人達は見ず知らずも同然だし。
でもだからと言って、いつまでも教室で勉強している訳には行かない。流石に捜索されそうだし、… 寮には消灯時間がある。それを破ったら何をされるか分かったもんじゃない。
別に罰があっても、必要とあれば破る時は破るのだけれど。何となく 私は、このまま時が止まればいいのに、と思ってしまった。
ふと、顔を上げ窓の外を見てみた。
ただの無意識だった。空を思わず見上げてしまうような、髪を触ってしまうような。そんな、ただの偶然で。雨が降ってるだけの景色が広がっていると思っていた。でも、私は奇跡と呼べる状況を目の当たりにした。
「…は…」
制服姿の少女が雨を操っている。
学年は同じくらいか?いや、それとも中等部か?
背丈が私の同じくらい。でも私よりもその雰囲気は落ち着いている。というか最早落ち着きすぎて怖いレベルだ。年上、もしくは先輩?この前の寮分けの時にこんな子は見ていない。私の記憶力はかなりいい方だから、間違ってはいないはずだ。となると、同級生では無いのは確実。
思考を一旦ストップして、窓の外に目をやる。
彼女の雪のように白い手を下に向ければザーッと雨が降り、上に向ければピタッと雨は止む。
最初から降っていなかったかのように。
魔法が当然のものとして使えるこの世界でも、雨を操る、という魔法は珍しい…と思う。思う、という曖昧な語尾になってしまうのは、見たことがないから。だから、きっと珍しい。
だって。 その雨はとても綺麗で、繊細で。
私が今までに見た魔法の中で、何よりも輝いていた。_いや、魔法の中だけでは無い。
夏の夜空に煌めく花火よりも、夏の炎天の下揺蕩うプールの水よりも、冬の白く光る雪景色よりも。どこにでもあるような日常の一コマの中よりもこの世の何よりも、綺麗だった。
かなり細い木の上に乗っているみたいだったが、その木はまるで何も乗せていないように颯爽と風に揺られた。
「……?」
よく見れば、初めましての彼女の制服は左伊多津万色を少し薄くしたようなローブ、汚れひとつない白いシャツ、膝くらいまでの丈がある短パンで、ミディアムくらいの艶がある髪をハーフアップにしてまとめていた。
ローブの方は横に置いていた(というか木の枝に掛けていたような気もする)から、正確には着ていた訳では無いけれど。
その制服は紛れもなく、オルカ寮の生徒だという証拠。だから彼女とはあったことがなかったのか、と1人納得した。でもなぜだかそのオルカ寮に入寮する全員に支給されたそれは、彼女の為だけに仕立てられたブランド物のオーダーメイドのように見えた。
だって、こんなにも輝いているんだから。
雨を操る彼女の表情は薄かったが、多分微笑んでいた。手の動きがそれを物語っていた。
「…えっと」
話しかけようとしたが、そこで止まった。
私は比較的人見知りをしないタイプだが、頭の中が『綺麗』『すごい』等の語彙力皆無な言葉で埋めつくされた為か、 あまりにも見とれすぎて言葉が出てこない。
「あれ?君は…」
その鳥のさえずりよりも小さな声で、私の存在に初めて気づく。どれだけ耳がいいんだ。一応窓もあるし、1mは離れているのだけれど。
「…あぁ、その髪色、瞳、そのアドラのローブ。もしかして、ライラ・ウィンド先輩?」
こっちはファーストネームすら知らないのに、目の前の彼女はいとも簡単に私の名前をフルネームで呼ぶ。
「え…なんで知って…?」
まさかストーカーか?いや、今年の春編入してきたばっかりの私にストーカーなんて出来るはずがない。でもなら、なんで。
「お、合ってるっぽいね。なんでって、だって、先輩のこと結構噂になってるよ?」
「え」
噂が私に?なんで?思い当たることなんて一つも、とそこまで考えた所で、あ、そういえば1つあったな、と思い出した。
「その顔だと、なにか思い当たる事があったんだね。」
少し小悪魔のような顔を浮かべニヤつく。
「もしかして、…」
「”寮分けの時”のこと…?」
寮分け。それは私にとって、ここ最近で1番と言っていいほどの大事件が起こったとき。
「せいかーい!先輩意外と勘冴えてる!」
あはは、と笑う姿は何も知らない無垢な少女。赤紫のミディアムを揺らし、白色の瞳は三日月形に閉じられていた。
「いや、だってあれは完全にあっちが…!!」
詳細は省くが、あの時私が起こした行動に関してどう考えても私は100悪くない、と断言出来る。
「はいはーい、言い訳は後で聴きますセンパイ」
「言い訳じゃない!」
馬鹿にしている、というよりは弄んでいるようなトーンだった。こんな態度をつかれるなど初めてだったが、どこか出会ったかのようなデジャブを感じる。
「というか、こっちの名前知ってるんだからそっちも教えてよー!流石に不平等だよ」
誰がどう考えても正当な主張だ。あの口ぶりからすると彼女は私の名前と学年、寮、大体の容姿は把握していそうな感じだった。もし彼女が情報開示を好んでいないとしたら、クラスや寮室、更にはライラ・ウィンドに関する事まで、言わないだけで知られているかもしれない。そう考えれば、名前を教えることぐらい造作もないことだろう。むしろ釣り合っていなさすぎ、とさえ思ってしまう。
「いいよ。僕の名前はね…」
「████████ だよ。」
にこやかに、はっきりと彼女はそう答えた。
その顔は、まるで劣悪環境に手を差し伸べる救世主でもあり、凛々しい主人公のようでもあった。
_正しく、英雄と呼ぶに相応しい人物だと感じ取った。
「…覚えとくよ。」
瞼を軽く閉じ答えた。
「果たして覚えていられるかな?」
先程の小悪魔のような声色で返される。
「私は結構記憶力がいいからね。ちゃん と覚えているよ。」
「期待しておく。…じゃあね。」
「あっちょ、…!!」
その言葉を最後に、彼女は一雫の雨を残して私の視界から消えた。
「…はぁ」
変に記憶に残ってしまった、けれど嫌ではなく。むしろ、好意の感情を抱いてしまったまである。
(私も、いつかあんな綺麗な…)
そこまで思考を進めた所で止めた。
どうせ、私は彼女の様には絶対になれない。
言葉を交わしただけでも分かる。
ならせめて、”憧れ”として。
私の、ただ1人の憧れとして。
「…ちょっとだけ、興味湧いちゃった」
観察してみることにしよう。
第一章 : 風の神覚者 fin.
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