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トロワの北に位置するこの場所は第一城壁と第二城壁の感覚が狭いが、その間にはノルド川がある。一人なら泳いで渡ることもできるだろうが、フェーデを攫いながらとなると簡単なことではない。
(一体どうするつもり?)
父の腕に抱かれながら、フェーデは少しわくわくしていた。
ガヌロンは減速せず、開いた片手で胸元から小瓶を取り出すと、その先を割り折って川へ放った。
これは一体、いかなる魔法か。
小瓶が落ちた途端、川の表面が凍り付いていく。
慣れているのだろう、一切の迷いなくガヌロンは氷を踏みしめ、川を渡りきった。
「すごいすごいすごい!」
「黙れ、うるさい、静かにしろ」
渡りきると同時に氷は割れ砕け、川に流されていく。ギリギリだった。
続いてガヌロンはカーテン紐を放り、第一城壁を越えたのと同じく、筋力で強引に壁を登っていく。
ガヌロンにはアベルのような魔法の才能はない。
道具に頼らざるを得ず、頼ったところでアベルのほどの威力はでない。
才に恵まれなかったからこそ、ただひたすらに練度でこじ開けていくのだ。
第二城壁を登り切ると、待機していた小さな馬車から光がチカと光った。小さな鏡のようなもので合図をしている。
ガヌロンが指笛を吹くと馬車が東に走り出した。
「いいの? 走っちゃったわよ?」
「黙れ、今は時が惜しい」
馬の蹄の音が西から聞えてきた。
巡回の騎兵が三騎、馬でこちらに迫ってる。
馬車に追いつき、併走し、遂に飛び乗った。
「戻ってこないのではとヒヤヒヤしていたよ。よく追いついたな」
「ぬかせ、誰が逃げろと言った」
どこかの荒くれ者のような姿の御者に、ガヌロンが馴れ馴れしく近づく。
「わ、ちょ。何を」
御者はひょいと掴まれると、そのまま外に放り投げられる。
走り出した馬車の速度は相当なものだ、間違いなく怪我をするだろう。
「何してるのよ! 仲間でしょ!?」
「ん、別に?」
息をするように切り捨てた。
切り替えが早い。
「どのルートで逃げるかとかあの人が全部知っているんじゃないの? それをばらされたら」
「あいつは囮だ。どっちみち途中で放り捨てる予定だった。無論、逃亡ルートは教えたが、偽のルートだ」
「あれは必死に俺達の逃亡ルートを説明し、自分だけは助かろうとするだろう。あれはそういう卑屈な男だ。それがいいところなんだ」
ガヌロンは馬の手綱を取り直すと、馬車を三騎の騎兵に向けた。
どう考えても無謀では?
こちらはただの馬車だ。
何の武装もない。
フェーデは気が気でなかったが、ガヌロンは気にも留めない。
逃げるどころか馬を加速させ、武器を抜いた騎兵に突撃させていく。
騎兵が刃を振りかざそうとした時、すべての騎兵が横に逸れた。
「おい、どうした!?」
騎兵の馬が馬車を避けたのだ。
それも無理に避けたものだから、騎兵が振り落とされて落馬している。
唯一無事だった騎兵の一人も必死で逃げようとししたこちらの御者を追うことを優先していた。
「ハハハハハ!! 自分よりデカい奴が突っ込んできて、怖がらない生き物などおるものか!! ばーーーーーか!!」
騎兵よりも馬車の方が見た目は大きい。
大きいもの突っ込んでくるのは怖い。
ただそれだけのことにみえて、そうではない。
もしあの御者が馬車を駆っていたら行者の怯えが馬に伝わり、ここで終わっていただろう。
傲慢なガヌロンの自信が馬を直進させたのだ。
機転、裏切り、勝利。
悪にカリスマというものがあるとしたら、こういうひとのことを言うのだろう。
ガヌロンが戦争に固執する理由がわかった。
彼は領地ではダメ領主でも、戦場において英雄なのだ。
戦争が終わって彼に残されるのは、機能不全な家族と崩壊寸前の領地だけ。
だからガヌロンは英雄譚に夢を見たのだ。
破綻した物語を抱えたまま。
騎兵を蹴散らし、ガヌロンの駆る馬車は西へと向かっていく。
国境の先、自らの領地ヴィドール領へと。