今の彼女はミルシェではなく、記憶がスキュラに戻っているとはいえ、水属性攻撃はおろか怪物の時に彼女を守護していた狼がいない状態だ。
そうなるといくら魔石に操られているといっても攻撃的な怖さは無い。しかし危なさを感じるとしたら、ガチャを彼女の目の前でやることだけだ。もしかすれば彼女の力を覚醒させる条件が魔石ガチャによるものかもしれないが、どう作用するのか。
「ほらほらぁ~さっさと宝珠をちょうだいよ! そうじゃないと無理やりにでも奪うんだから!!」
「それなら奪いに来たらどうだ?」
「むぅぅぅ!! 人がせっかく好意的にしてあげているのに!」
魔石による支配でどこまで攻撃が高まるのか、それをまずは確かめる。その力次第ではますます頼ってしまうことになるかもしれないが。
「水棲怪物スキュラの実力が出せるならおれはいつでもいいぞ!」
「このぉっ――!!」
ミルシェの力のほとんどは、防御に特化したもの。その力はおれが与えたものであり、一部の魔力は依存した状態になる。記憶だけ甦ったとしても、かつての強さは見込めない。
だが――。
「むっ!」
おれに向かって来た彼女の変化は急激だった。
攻撃に関しての怖さは無いとばかり思っていたが、彼女はルティのように地面を殴りつけ、そこから黒い影のようなものを生み出したのだ。人影のようにも見えるその影を海蛇や触手系の魔物へと変化させ、地面を這わせる。
蛇の影は一直線に向かってきたことで、おれもとっさに避けるしかなかった。
「フフフフッ、どう? 見たことが無いでしょ? 大人しく言うことを聞かないあなたが悪いんだからね? ほらほら、無限の影が襲うよ?」
影といっても、太陽も無ければ日陰となる部分も無い。周りを見た上で気付いたのは、ここには彼女の潜在的な力を起こさせる要素があった。
魔石で亜人種に成り代わったといっても元々が水属性であるし、要素となるものを掴めばかつての能力は容易に引き出せた。
「なるほど……霧を利用したのか」
「気付いても遅いよ? 影となる為の霧が辺り一帯にあるんだから!」
「霧を使って水属性の魔物や影を作り出せるってのはいい戦力となるな。その力なら、イデアベルクにいてもらえると十分すぎる程の戦力となる」
「イデアベルク? 何のことか分からないけど、さっさとくたばっちゃえ~!!」
やはり魔石といえども、記憶以前に有していた力までは呼び起こせないらしい。スキュラだった時は自在に触手を出せたが、今はただのミルシェになっている状態。
潜在する魔力も影を操る力も無限に出せるわけでは無い。その意味でも、おれ自身の圧倒的な魔力を見せつけること。それが彼女に勝利する条件に違いないはずだ。
「悪いなミルシェ。霧を操って形を成すことが出来るのは君だけじゃない!」
「――きゃぁぁっ!?」
霧を使って|スキュラ《ミルシェ》は地面に影を這わせてきた。しかし所詮は影だ。影が届かない位置にさえ飛んでしまえば、影の攻撃が当たることが無い。
おれは風属性で全身を浮かせ|宙《ちゅう》で体を回転させながら、視界上の全ての霧を槍に似た形に変化させる。後は水圧を上げた状態で彼女に当てるだけ、という簡単な攻撃だ。
「《ハイドロ・ショット》! 豊富な霧の水蒸気を利用させてもらった」
「……うぅ、くっ……武器を作り出せるなんて、そんなの聞いていない!!」
「君の影と同じだ。だが、今やおれの方が水属性を操ることに長けているというだけのことだ」
ネーヴェル村では武器を使ってはならないということだったが、現地調達だし問題無いだろう。
「な、何てことなの……せっかく、あの頃の力を戻せたのに……」
「――ん? 君はミルシェ……いや、記憶はスキュラなんだよな?」
「……宝珠をちょうだい? そうしないと痛い思いをしただけなのはわたし……あたしだけですわよ?」
これはまさか――?
嫌な予感がした。そう思っていたら、手を思いきり叩く音と同時にリリーナさんの声が響く。
「はいは~い! それまでですよ~! アックさん、それとミルシェさんもお疲れ様でした!」
「……性格が悪い人ですわね。そういう意味ではルティの方がよっぽどマシですわ……」
「それじゃあ、ミルシェの記憶は……」
「そうです! 最初から演技だったわけなんですよ~! 魔石に操られていたのは、ルティちゃんとシーニャさんだけでした!」
何て人騒がせな。
「それで、試練の結果は?」
「はい、アックさんは正式にネーヴェル村に認められました! おめでとうございます!」
「はは、はぁ……それはどうも」
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