「ローレン、またサボってるの?」
校舎の裏で壁に寄りかかりながらスマホをいじっているローレンに声をかけると、彼は面倒くさそうに顔を上げた。
「お、また来たのか。お前も好きだなぁ、俺を注意するの」
「好きとかじゃなくて、あなたの職務怠慢を見逃せないだけ」
「はいはい、優等生ちゃんは真面目でえらいね」
ローレン・イロアス。
生徒会が雇ったはずの学内警備員でありながら、まともに仕事をしている姿をほとんど見たことがない。 放課後に巡回しているという話は聞くが、少なくとも昼休みの間はこうして校舎の裏でサボっているのが常だった。
最初に彼を注意したときは、ただの義務感だった。学校の秩序を守るために働くべき人間が仕事を放棄するのはおかしい。 そう思って、彼を見つけるたびに声をかけていたのだけれど……。
「なあ、お前、こんなに俺に構ってて楽しいの?」
「楽しいわけないでしょ!」
「でも、こうやって話してるの、もう何回目だ?」
言われてみれば、ローレンを見かけるたびに注意しているうちに、会話の頻度は増えていた。昼休みになると、彼がどこでサボっているのかなんとなく探してしまう自分がいるのも事実だ。
……いや、違う。ただの注意のため。義務感。これは私の責任感の問題であって、別にローレンと話したいわけじゃ──。
「ん?」
「な、なんでもない!」
妙な考えがよぎりそうになり、慌てて首を振る。ローレンはそんな私の様子を見て、くすっと笑った。
「お前、ほんとツンデレだよな」
「誰がツンデレよ!」
そんな調子で、私は今日もローレンを注意し、彼は適当にあしらってくる。変わらない日常のはずだった。
──その日までは。
「っ……!」
予想外の衝撃に、私は息を呑んだ。
昼休み、昇降口の近くを歩いていたとき、不意に誰かが強引に腕を引いた。突然のことに驚いて抵抗する間もなく、そのまま勢いよく後ろへ引っ張られる。
「おい、お前──」
振り向いた瞬間、目に入ったのは、私のすぐ目の前に迫る硬質な金属の枠。
……鉄製の窓枠。もしこのまま歩いていたら、額を強く打ちつけていただろう。
「……気をつけろよ」
耳元で低く響く声に、私はハッとした。
ローレンだった。私を引き寄せたのは、彼の手。腕を掴まれたままの状態で、彼の顔がすぐ近くにあることに気づく。
「お前、夢中になって歩いてたからさ。危ねえなぁ」
いつもは気だるげな彼の表情が、今は少しだけ真剣に見えた。
「……っ、ありがとう」
私は視線をそらしながら、かろうじてそれだけを絞り出す。
「おう、素直でよろしい」
「別に、いつも素直だけど」
「へぇ?」
からかうような笑みを浮かべるローレン。こんなときにまでいつも通りで、余計に心臓が落ち着かない。
……私、今なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
ローレンの手はもう離れているのに、さっきの感触がまだ腕に残っている気がする。
これは──。
「なあ、次の昼休みもまた俺に構いに来る?」
「か、構うんじゃなくて注意しに行くの!」
「はいはい、楽しみにしてる」
彼の軽口に、私の顔はますます熱くなった。
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