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【小さな相棒】
episode1
︎︎
空は、最初から機嫌が悪かった。
分校の窓の外に広がる灰色の雲を見たときから、なんとなくわかってた。今日は降るな、と。
案の定、放課後のチャイムが鳴る頃には、ぽつぽつと音がし始めていた。
「……降ってきたな。」
なつは小さく呟き、鞄を肩にかける。
教室には、いつもの六人。
笑い声も、騒がしさも、いつも通り。けれど今日は、どこかぼんやりと遠く感じた。
「傘、持ってきてる?」
らんの声に、なつは軽く手を振る。
「ある。」
短くそれだけ返して、先に教室を出た。
廊下は静かだった。
分校特有の、少し軋む床の音が、やけに大きく響く。
外に出ると、雨はもうしっかり降り始めていた。
ぱらぱらと、一定のリズムで地面を叩く音。
湿った空気。冷たい風。
傘を開くと、その音が一段と近くなる。
――なんとなく、気分が沈む。
理由なんて特にない。ただ、こういう天気の日は、どうにもやる気が出ない。
「……最悪。」
ぽつりと吐き捨てて、なつは歩き出した。
分校からの帰り道は、舗装された道と、少しだけ土の道が混ざっている。
周りには田んぼや木々が広がっていて、静かすぎるくらい静かだ。
その静けさに、今日は雨音が重なっている。
足元に水たまりが出来ていて、そこに落ちる雫が波紋を広げていく。
ぼんやりとそれを見ながら歩いていると――
「……ん?」
視界の端に、違和感があった。
道の脇。
少し草が生い茂っているあたりに、不自然なものが置かれている。
段ボール箱。
こんな場所に?と思いながら、なつは足を止めた。
雨に濡れて、箱は少ししんなりしている。
上は半分ほど開いていて、中はよく見えない。
「……捨て猫か? 」
自然とそんな言葉が出る。
この辺りでも、たまにある。
誰かが、飼えなくなって、こうして置いていく。
「……はぁ。」
ため息を一つ。
関わる気はなかった。正直、面倒だと思った。
けれど――
なつは、足を動かしていた。
傘を少し傾けて、箱の中を覗き込む。
その瞬間。
「……は?」
思わず、声が漏れた。
中にいたのは――
猫じゃなかった。
小さな、きつね。
濡れた毛が体に張り付いていて、耳も尻尾も元気がない。
けれど、その顔立ちが、妙に整っていて。
じっとこちらを見ているその目が――
「……なんだよ、お前。」
思わず、呟く。
似ている。
何が、と言われれば分からない。
でも、雰囲気とか、目付きとか、そういうのがやけに引っかかる。
まるで――
「……俺みたいじゃん。」
自嘲気味に笑って、なつは頭を搔いた。
きつねは何も言わない。ただ、じっと見ている。
逃げる様子もない。
――放っておくか。
そう考えたはずなのに。
「……はぁ、しゃーねぇな。」
気づけば、手が伸びていた。
濡れた体をそっと持ち上げる。
思ったより軽い。
少しだけ抵抗するように身動ぎするが、大した力ではない。
「風邪引くぞ。」
誰に言うでもなく呟いて、なつはきつねを抱えたまま歩き出した。
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家に着く頃には、なつの制服も少し濡れていた。
玄関で靴を脱ぎ、そのまま一直線に風呂場へ向かう。
「……とりあえず、洗うか。」
きつねを床に下ろすと、じっとこちらを見てくる。
「暴れんなよ。」
そう言いながらシャワーをひねると――
途端に、きつねの耳がぴくっと動いた。
「……あ?」
嫌な予感がした。その次の瞬間。
じゅわっと水がかかる。
同時に――
ばっ、ときつねが跳ねた。
「っおい!」
逃げようとするのを、なんとか押さえる。
じたばたと暴れる小さな体。思ったより力がある。
「暴れんなって!」
なつは少し声を荒げながらも、なんとか洗い続ける。
水は嫌いらしい。全力で拒否してくる。
「我慢しろ!」
泡をつけて、さっと洗い流す。
何度か蹴られ、腕に小さな引っ掻き傷ができたが、それでも手は止めなかった。
ようやく洗い終えた頃には、二人とも少しぐったりとしていた。
「……はぁ……終わった……。」
タオルでしっかりと拭いてやり、ドライヤーをかける。
温度に、きつねは少しだけ落ち着いたようだった。
毛が乾いていくにつれて――
「……すげぇな。」
思わず声が漏れる。
ふわふわだ。
さっきまでの濡れた姿とは別物みたいに、柔らかそうで、整っている。
「……なんか、いいな。」
なつは無意識に、その体を抱き上げた。
そして――
すん、と顔を埋める。
いわゆる“吸う”やつだ。
次の瞬間。
ばしっと顔を蹴られた。
「いっ……!」
反射的に顔を離す。
きつねは不満げにこちらを見ていた。
「……悪かったよ。」
苦笑しながら頭を搔く。
少しの沈黙。
雨の音が、遠くに聞こえる。
「……名前、決めねえとな。」
ぽつりと呟く。
なんとなく、もう分かっていた。
こいつを、このまま放す気はない。
なら――呼び方がいる。
「……。」
しばらく考えて。
「……よしつね……?」
きつね。きつねをもじりたい。なんとなく浮かんだのが、よしつね。
きつねは明らか嫌そうな顔をした。
「……嫌だよな。戦国武将だし……うん。」
ふ、と苦笑する。
そして、ふと浮かんだ。
「つなまる、でいいか。」
単純だ。
なつ、を少し変えて、“まる”をつけただけ。
でも――
「……しっくりくるな。」
小さく頷く。
きつね――いや、つなまるは、じっとこちらを見ていた。
特に反応はない。
でも、先程よりは嫌そうでもない。
「決まりな。」
そう言って、引き出しを開ける。
中から取り出したのは、小さなピン。
数字の「72」が象られている。
予備として持っていたものだ。
「ほら。」
つなまるの左耳に、そっとつけてやる。
少しだけ耳が揺れたが、外そうとはしなかった。
「似合ってんじゃん。」
満足気に呟いてから――
なつは、つなまるをぎゅっと抱きしめた。
温かい。
さっきまで冷えていた体が、ちゃんと温もりを持っている。
「……今日から。」
小さく、でも確かに言う。
「俺のパートナーだかんな」
つなまるは、何も言わない。
ただ、少しだけ身動ぎをして――
そのまま、大人しく腕の中に収まった。
外では、まだ雨が降っている。
でもその音は、もうさっきほど嫌な音じゃなかった。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝♡10
コメント
2件
予備のヘアピン持ってる🎮君がかわいいし 全力で嫌がる27丸君好きww ごちそうさまでした!
わぁ…! ふぉにまる分校のお話ですね! 天才的すぎます✨