テラーノベル
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「……どうして、笑ってるのよ」
コトちゃんの声は冷たくて、刃みたいに鋭かった。部屋の白い壁に反響して、僕の耳に突き刺さる。
顔を上げると、コトちゃんが目の前に立っていた。手には金属製の警棒。彼女が“赦された者”として与えられた制裁の権利。
ああ、これが現実なんだ。
「コトちゃんに会えて、よかったって思ってたんだ」
「……ふざけないで」
警棒が振り下ろされる音は、何度聞いても慣れない。でも、それでも、怖くなかった。
いや、正確には――コトちゃんの手でなら、壊れてもいいと思った。
「コトちゃん、きれいだよ」
「やめて」
「赦された姿も、怒ってる顔も、全部」
「やめてって言ってるのよ、ミコト!!」
警棒が僕の肩を撃ち抜くように叩いた。骨が軋む。でも、痛みよりも、コトちゃんの叫びのほうが心に響いた。
「僕が赦されなかったのは、きっと僕が悪かったからだよ。分かんないけど。でも――それでも、僕はコトちゃんを……好きでよかったって、思ってるんだ」
「……どうして、そんな風に言えるの?」
コトちゃんの声が、かすかに揺れる。強がりな目が、わずかに揺れていた。
「私、赦されたのよ。私は正しいって、言われたのよ。だったら、あなたみたいなのを、赦しちゃいけないのよ」
「うん、そうだね。僕は赦されなかったんだから、罰を受けるべきなんだと思う」
床に膝をついたまま、僕は静かに言った。
「でも……僕が間違ってても、コトちゃんのことを想う気持ちは、本当だった。そこだけは、赦されなくても、大切にしたいんだ」
しばらく、コトちゃんは何も言わなかった。警棒を持つ手が震えているのが、遠くの光の中で揺れて見えた。
「……バカ」
ぽつりと呟かれた声は、まるで独り言のように小さかった。
「赦されなかったくせに、そんな顔しないでよ。……優しくしないでよ。そんなの、ズルいじゃない……」
その声に、胸がぎゅっと締めつけられる。
「……ごめんね、コトちゃん。僕、君の痛みも、怒りも、全部受け止めたいんだ」
「ほんとに、バカ。……最低」
「うん。……バカで、最低な僕を、見捨てないでくれて、ありがとう」
涙なんて、もうずっと流れなかったのに、今は少しだけ、目の奥が熱い。
コトちゃんは黙って、警棒を下ろした。振り上げることも、手放すこともせずに、ただ――立ち尽くしていた。
やがて彼女は、目を逸らしながらぽつりと言った。
「……今日だけよ。次は容赦しないから」
「うん。……ありがとう、コトちゃん」
答えは冷たくて、優しくて、そしてなにより――あたたかかった。
僕はそれだけで、今日を、生きていてよかったと、今こんなに幸せなら、たとえ、この先コトちゃんに殺されても良い、と思えた。
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