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数秒亮介の顔を冷徹なまなざしで見つめた女医の顔ににやりとした笑みが戻った。
「ほう。以前会った時よりいい面構えになったじゃないか。よし、いいだろう。受け取んな」
無造作に放り投げられた封筒を亮介は両手で受け取った。それを見た女医は言った。
「その紹介状があれば、世界中、それこそ地の果てでも飛ばしてくれる。好きなだけ地獄を見て来い」
「ありがとうございました」
頭を下げた亮介が視線を戻すと、女医は袋から白い布のような物を取り出し亮介に差し出した。受け取って広げると、それは薄いベストだった。胸と背中、両側にこう書いてある。
「Medicins Sans Frontieres」
フランス語でメディシン・サン・フロンティエール、日本では「国境なき医師団」の名で知られる、医師、看護師、その他医療関係者で構成される国際的医療ボランティア団体。その任地は戦争、武力紛争、大規模災害で多数の死傷者が出た場所なら、世界中いかなる所でも。
「あたしからの餞別だ。いつか一人前の医者になって戻って来い。じゃあな」
女医はそう言ってトランクを転がしながら、今亮介がやって来た方向に歩き出した。亮介は後ろから大声で言った。
「先輩! この街の患者さんたちを、よろしくお願いします!」
女医は立ち止まり、しかし振り返ろうともせず、右手を肩の上に上げ、拳を握って親指をピンと立てた。そしてそのまま、歩き去って行った。
封筒とベストをリュックにしまい、亮介は大きく深呼吸をした。九月に入ったとは言え、うだるような暑さの中に漂う、生臭い悪臭が容赦なく鼻を襲う。未だにあちこちに山積みにされたままの瓦礫から漂う猛烈な臭いが、今はなぜか名残惜しく感じた。
リュックを背負い直し、バス停に向かって歩き出した亮介の脳裏をよぎったのは、とりとめのない事だった。
これから向かう地獄のような場所の空気は、一体どんな臭いがするのだろうか?