「さて……きょうもユウウツなバカンスのはじまりだな……」
朝の早くからロンデルとリリをファナリアへ送り出したピアーニャ。予定ではあと2日、ヨークスフィルンで過ごす事になっている。楽しくも悲しく辛い地獄はまだ終わらない。
「いっそのこと、わちがアリエッタにコトバをシュウチュウしておしえるというのは……」
ミューゼの家に行って、アリエッタに色々語りかけ、一刻も早く言葉を習得してもらう。そういう思いたい所だったが、以前に紙を折って色々作ってもらった時のように、アリエッタが無駄に奮闘し言葉を教えるどころではなくなる。ピアーニャには何故かそういうイメージしか出来ないのだった。
「うん、ないな」
こうなったらミューゼ達に一刻も早く言葉…会話を教えさせるしかないと考え、その方法を補助する方向で動く事にする。
しかしそう思い通りにいかないのがアリエッタである。
「ぴあーにゃ、おはよっ」
「うわひっ!?」
部屋の前で背後から声をかけられ、少し跳び上がってしまった。ピアーニャが恐る恐る後ろを振り向くと、そこには優しい笑顔のアリエッタが頭に向かって手を伸ばしている。
「お、おはよう」
「おはよっ」(うふふ、挨拶出来て良い子ねー)
そのままパフィの見ている前で頭を撫で……
「うぅ……」
「アリエッタ嬉しそうなのよ」
さらに近づき……
「……ん?」
「ぴあーにゃ~」(小さな子には私からも愛情のプレゼント♪)
少し屈んで頬にキスをした。
「んちゅ~♪」
「はへ?」
「あっちょっアリエッタ!?」
この行動にはパフィもピアーニャも驚愕である。
アリエッタは自分から何か行動する事は多いわけではない。知らない場所での意思疎通不可能を前提とした行動は慎重になるのが当然で、今は他人もいないので少し能動的になる……とはいえ、普段と積極性が違い過ぎる事に違和感を覚えている。
「お、おいパフィ。アリエッタのようすが……?」
「なのよ……」
パフィはアリエッタの背中の方を指差した。今はまだアリエッタの髪はセットされていないので、長い髪が腰まで降りている。それを見た瞬間、ピアーニャが驚いた。
「アリエッタ、おまえ…カミが!?」
「?」
なんとアリエッタの髪の先端が、虹色に輝いていた。それを見た事がある者達は、「アリエッタが本気で怒っている状態」と認識している。
そんな恐るべき状況に、ハグされたままのピアーニャが慌て始めた。
「パパパ…パフィ! おまえらなにかやったのか!?」
「いやいや何もしてないのよ。アリエッタが起きる直前からこうだったのよ」
そう、アリエッタは怒ってなどいない。ただピアーニャを嬉しそうに愛でているだけ。ただし、
「んふふ~♪」(やっぱりちっちゃくて可愛いわ~。これはアリエッタも頑張って面倒見ちゃうわけよね)
今ピアーニャを愛でているのは、アリエッタではなく女神エルツァーレマイアである。髪が虹色になっているのは、エルツァーレマイアがアリエッタの体を使っているが故の現象。
2人が『怒っているのか』と思うのは、これまではアリエッタが怒ってもおかしくない状況で、偶然エルツァーレマイアが体を使うという状況が続いたからだったのだ。
「おこってない? どういうことだ?」
「それが分からないから見せに来たのよ」
「やめてくれ、あさからムリ、もういやだ」
ピアーニャは拒絶したがっている。しかしアリエッタ…もといエルツァーレマイアがそれを許さない。
「ぱひー!」
「部屋に戻るのよ?」(今日はやたらと元気なのよ。もしかしてテンションでも髪の色が変わるのよ?)
「もういやだ……ロンデルといっしょに、かえりたかった……」
連日のトラブルやアリエッタの世話によって、ピアーニャはすっかり疲弊していた。そこに昨晩のネフテリアからの報告である。いっそ寝込んでやろうかと考えたりもしたが、そんな事をすればアリエッタが添い寝しにくるに違いない。どうあがいても神経をすり減らす道しか無いのである。
この後いつもより激しめに朝食の世話をされ、さらに激しく着替えさせられ、外出する前から疲労困憊になるピアーニャであった。
どうしてこれまで沈黙していたエルツァーレマイアが出てきているのかというと、それは起床前のアリエッタの精神世界で、エルツァーレマイアがワガママを言い出した事がきっかけだった。
『えっ、ママも遊びたいの?』
『たまにはね。お願いっ! ちゃんとぴあーにゃちゃんの面倒見るからっ』
必死な感じで懇願され、アリエッタはしばし考え、自分と同じように遊んであげる事を条件に、1日だけ交代する事を許可した。
グラウレスタとドルネフィラーを中心に複数の異世界を巻き込んだ超次元なトラブルメーカーである事どころか、自分の髪色が常時変わる事も知らずに……。
『しょうがないなぁ。ママは女神だから何かトラブルが起こっても大丈夫だろうし。でも、ぴあーにゃに変な事覚えさせないでよ?』
『ありがとー! 大人しくみゅーぜ達についていけばいいんでしょ? 大丈夫大丈夫!』
知らない…知る事が出来ない事は幸せな事なのかもしれない。実際この女神母娘が認識している自分達が原因となった大きな事件は、アリエッタの転生とミューゼ達に拾われた件くらいのものである。
身体を譲渡している間、アリエッタは精神世界の中で絵の研究をする事にした。ここならだれにも迷惑かからず、前みたいに危ない事があった時の為に、手段は増やした方がいいという、エルツァーレマイアからのアドバイスを真に受けたのである。
実は全部見られて後で怒られるのが嫌だから娘の目を逸らしたかった……という情けない本音を隠す為の方便だったりするのだが。
一方、まさか娘の体を借りた女神本人と出かける事になるとは、夢にも思っていない一同。虹色に輝く髪をあーでもないこーでもないと、みんなで弄り倒し、最終的には髪の一部だけを大きめのリボンで括ったストレートハーフアップのスタイルに落ち着いた。
服の方もノエラを呼び出してコーディネート。虹色と被らないように、白と黒のゴシック風ワンピースを着せられた。
(ふぅ、やっと終わった。いいわねこの髪型。ちょっと大人びて見えるところが最高!)
自分の姿を見たエルツァーレマイアはご満悦。髪の色も見えてはいるが、色が変わるのが当たり前なエルツァーレマイアにとって不自然に思うような事ではなかった。
鏡の前でくるっと回り、軽くポーズを取ってはにかんだ。
「うーん、神秘的ね」
「せっかく虹の色なんだし、ハーフアップにして面積広げたし」
「アリエッタちゃん綺麗~」
「ありがとっ!」
大人達の反応も上々。最終的に髪をセットしてくれたクリムに近づき、お礼を言いながら抱き着いた。
普段の会話をアリエッタの中から聞いているので、簡単な返事は同じようにできるのだ。
「おおっ、今日のアリエッタは機嫌良いし?」
「ってことは、怒ってるわけじゃないのね? なんでもいいから興奮状態だとこうなりやすいのかしら? うーん、まだよく分からないわね」
中身は変わっても結局言葉は一部しか分からない為、普段と少し違っても機嫌の違いくらいにしか思われないのだった。
そんな調子でいつも通りアリエッタの事を観察しつつ、今日は街中に出掛けるのだった。
(あれ、今日は海じゃないの? ちょっと残念……だけどまぁいいか。アリエッタがみゅーぜ達に甘えやすくなるようにしてあげましょ)
精神世界から『自分の視界』をチラ見しながらのんびり研究しているアリエッタは、エルツァーレマイアが親心から余計な事をしようとしているなど、知る由も無かった。
「ぱひー!」
「うん? ああ、繋いでほしいのよ?」
早速出来る事から行動開始。エルツァーレマイアはパフィとピアーニャの手をしっかり握って外へと向かう。しかも歩き難くならないギリギリまでくっついて。
「おぉ、アリエッタがいつになく距離を縮めてくるわね」
「そうなのよ~。えへ、えへへへ」
中身が違う事を知らないパフィ達はもうデレデレになっている。
(よし、このままチュー手前まで扇動してあげましょう。ふふっ、明日のアリエッタはメロメロよ~。ついでにぴあーにゃちゃんとも、もっともーっと仲良くしてあげなきゃね♪)
こうして、無自覚極まりない実りと彩の厄災神エルツァーレマイアによる、アリエッタとピアーニャにとっての恐るべき計画?が、今この時から始まった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!