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翌朝、店舗のシャッターを開けた。奥の事務所に行き、指の指紋認証タイプのタイムカードで出勤を本社に伝え、メールのチェックをする。それを終えると調剤室に行き、ある薬を取り出す。PCで薬価を調べ、伝票を作り自分の財布から代金分のお金を取り出し、トレーの上に並べる。
作業台の上に置かれた。緊急避妊用のピル。
出来る事ならコッソリとお金を払い、さっさと飲んでしまいたい。
でも、店舗の管理責任者として、ルールは順守しないと示しがつかない。
ふーっと息を吐き出して、天井を仰ぎ目を瞑ると、昨日の愚かな自分を思い出す。
買ったばかりの低用量ピルも服用していないうちに、よりにもよってキッチンで、行為をした挙句にこの事態。
本当に情けなくなくなる。
扉の開く音がした。せめて里美以外のメンバーである事を願ったが、「おはようございます」と聞こえた声は、紛れもなく里美だった。
「おはよう。出勤付けたら悪いけど、薬を買いたいので確認お願いします」
「はーい、今、行きまーす」
いつもと変わらない様子の明るい声が返ってくる。
「朝からごめんね」
「具合でも悪いんですか? せんぱ……」
里美の視線が作業台の上に置かれている薬に注がれて、その表情が消えた。そして、キッと私に顔を向けた。
「何やっているんですか!」
私を見つめる里美の瞳がだんだんと揺れ始め、ポタリと涙がこぼれ落ちる。
「先輩、分かっているんですか? 先輩は、旦那さんに裏切られているんですよ。泣いていたじゃないですか! それなのに……」
「ごめん」
「しっかりして下さい。浮気するような旦那さんで、先輩は幸せになれるんですか?」
「ごめん」
「受け入れちゃダメですよ。先輩は自分の旦那さんが浮気していてもいいんですか?」
浮気されていい訳など無い。でも、好きという気持ちが、急に消え去るものでもない。自分でもどうしていいのかわからないのだ。
返す言葉も見つからず、ただ、唇を噛みしめて、うつむいた。
「先輩。それ、早く飲んでください。赤ちゃん出来たら別れられなくなりますよ。先輩の事だから子供から父親を奪うのは可哀想だって、浮気されても我慢していくの目に見えてます。さっ、それ飲んで仕事しましょう。患者さん来ちゃいますよ」
「ごめん……」
そう言って、ヒートから薬を取り出した。
ミネラルウォーターで薬を口に含む。それを飲み込むと、冷たい水と共に胃の中に落ちていく。
「さっ、仕事しましょ! 事務の人達、もうすぐ来ますよ」
「ん、仕事しないとね」
カラ元気で答え、業務に入ると時間は瞬く間に過ぎていく。
仕事をしながら、里美に言われた事を思い起こしてしまう。
里美に言われた事は、正しいけれど、愛情、未練、過去の思い出が、私を立ち止まらせて動けなくする。
でも、緊急避妊ピルを服用しようと思ったのは、健治の子供を産むのが怖ったからだ。
そう考えてしまうのは、健治との未来を望んでいないのかもしれない。