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若井side
「……なぁ、若井、ちょっといい?」
その日、リハーサルのあとに元貴がぽつりと声をかけてきた。
「え、何?どうした?」
「いや、ちょっと寄りたいとこあるんだよね。つきあって」
「……べつにいいけど。どこ?」
「秘密っ」
いつもと変わらない軽いノリ。でも、その“軽さ”の奥に、なんとなく引っかかるものがあった。
過去を知っている俺だけが、気づいてしまう違和感。
きっと、この時の元貴はもう何かに気づいていて、でも口にできずにいたんだ。
⸻
着いたのは、近所の河川敷だった。
あの頃も、よく2人でギター片手に来ていた場所。
「風、気持ちいーねぇ〜」
「なんだよ、“寄りたいとこ”ってここかよ。近っ」
「うるさ。文句言うなら帰っていいよ?」
「帰んねーよ」
風が髪を揺らす音と、虫の声が混ざり合って、いつの間にか、会話は消えていた。
2人で並んでベンチに座ってるけど、なんとなく目が合わない。
ふと、元貴がぽつりとつぶやいた。
「……たまにさ、思うんだよね。ずっとこのままでいられたらいいのにな、って」
その横顔は、あまりにも儚くて、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
「バンドのことも、夢のことも、続けたいけど……全部変わっていくのも、こわい」
「……」
「俺、結構……弱いのかもな」
「……うん、知ってたよ」
冗談めかして笑うと、元貴も小さく笑って肩をすくめた。
「やっぱ、若井にはバレてたか〜」
「そりゃね。中学のときから一緒だし」
「でもさ、やっぱ悔しいな。ちゃんとやってる“つもり”なのに、なんか……誰にも届いてない気がするっていうか」
「届いてるよ」
「あ?」
「……元貴の音、俺には届いてる。ずっと前から」
その言葉は、気づけば口からこぼれていた。
目の前の元貴は、たぶんまだ“今の俺”が誰なのかなんて気づいてないけど、
それでも、いま言わなきゃって思った。
「お前の歌、声、ぜんぶ……俺、ちゃんと聴いてるから」
元貴は目をまるくして、それからちょっと照れくさそうに笑った。
「……ありがとう。なんか今日のお前、やさしいね」
「別に、いつも通りだって」
「そっか。ならいいや」
たぶん、“ならいいや”の奥には、何かが隠れてた。
でも俺にはまだ、それを受け止める言葉がなかった。
帰り道、少しだけ元貴の背中を見つめる。
俺より少し背の低い、その背中。
――5年前の今しか見えない、強くて、弱くて、まっすぐな背中だった。
(今度は、ちゃんと守りたい)
夜、部屋に戻ったあとも、心がそわそわして落ち着かない。
今日、元貴が言った「このままでいたい」の意味が、頭から離れなかった。
でも、俺は知っている。
この“まま”は、もうすぐ終わってしまうことを。
だから、思った。
せめて、あの最後の1枚だけは、残させてほしい
📸 to be continued…
コメント
1件
何が終わるって言うんだ…😨 続き気になるな、、😖😖