コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私は新藤さんの置手紙の横に添えられていたヨーグルトを手に取った。
プラスティックの小さなスプーンがその横に置いてある。新藤さんは最高に配慮が出来る素晴らしいだ。光貴だったらヨーグルトだけ置いてスプーンの用意を忘れそうだから。そう考えると思わず笑みが零れた。
光貴に会いたい。この痛みを一緒に分かち合いたい。
蓋を剥がして室内で温かくなったヨーグルトをひとすくい口に含んだ。
泣きながらぬるいヨーグルトを食べた。
私にはまだやることがある。それは詩音の出産だ。たとえお腹の中で亡くなってしまっても、きちんとこの世に出してあげなきゃいけない。
体力をつけなきゃ。こんな状態ではだめだ。
麻酔で気を失ってわけのわからないままに処置をされて、詩音を産んだりしたくない。
どんなに苦しくても、この痛みと共に詩音を忘れないために頑張ろう。
それが多分、私が詩音にしてあげられる最後のこと。
溢れる涙を拭えずにヨーグルトを口に運んでいると、遠慮がちなノックが部屋に響いた。
「はい」
涙で掠れた小さい声しか出なかった。ノック主に聞こえたかな?
「おはよう。荒井さん、昨日は眠れた?」
中に入ってきたのは二階堂さんだった。昨日は彼女も私と一緒に詩音のことを想い、一緒に泣いてくれたのだ。
「はい。眠れました。ご心配をいただきありがとうございます」
泣きながらヨーグルトを食べていた私に近づき、持っていた朝食の乗ったトレイをベットのテーブルに置くと、二階堂さんは私を抱きしめてくれた。
「無理しないでね」
「はい。ありがとうございます」
「検温できるかな?」
「はい、大丈夫です」
二階堂さんから体温計を受け取って体温を計測した。三十六度九分。少し微熱程度か。
計った温度を二階堂さんに伝えた。
「体は辛くない?」
「…………」
なんとか頷いた。言葉にはできなかったけれど。
「詩音ちゃんのことだけどね、エコーを何度も確認したけれどすごく綺麗な状態だったから。気が付かずに放置したままだったら、もっとひどい状態になっていることもあるの。でも、詩音ちゃんは違った。それって荒井さんがちゃんと早く、詩音ちゃんの異変に気が付いた証拠よ。だからこうなってしまったこと、自分を責めないでね。荒井さんのせいじゃないから」
「二階堂さんっ………」
荒井さんのせいじゃない、という彼女の言葉に嗚咽が漏れた。
二人で肩を抱き合って泣いた。
仕事があるのに私に付き合ってくれて、一緒に泣いて悲しんでくれた。
救われる。
光貴は傍にいないけれど、その代わり私に寄り添ってくれる人がいる。
たくさん泣いたら、少しはこの悲しみが薄れるのかな。
今は難しくても、いつか………。
二階堂さんを見送ってひとりきりの部屋でぼんやりと窓の外を見つめ、詩音に話しかけた。
もう詩音が答えてくれることはないと理解できるようになった。取り乱すこともなくなったから少しは進歩できた気がする。
ぱんぱんに膨らんだお腹を撫で、これからどうしたらいいのかと考えていると、新藤さんが部屋を訪ねてくれた。
「おはようございます律さん。少しは眠れましたか?」
「あれ、新藤さん………あの…お仕事は?」
時計を見ると午前十時を過ぎだった。通常なら大栄には出社している時間だ。顧客のところによったついでに顔を出してくれたのだろうか。いやでもそんなわけ………。
「今日は有給を取っておりまして。私用があったのですがもう片付きましたので、ずっと律さんの傍についています。あ、ちなみに明日も休みなので、明日も見舞いに来るつもりです。ご迷惑でなければの話ですけれど」
「えっ……そんな、私のことは気にしないでください。新藤さんもお忙しいのにご迷惑をおかけしたくありません」
「一人だと何かと不便で淋しいでしょう。私を光貴さんの代わりの小間使いとでも思って頂ければ結構です」
「とんでもないです! これ以上ご迷惑はかけられません」
「私がいると、やはり迷惑でしょうか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「よかったです。実は心配でして」
新藤さんは笑顔を見せてくれた。
「律さんを見張っていないと、妹のようになってはいけないと心配なので夜も眠れないのです。私の勝手で押しかけているのですからどうか迷惑と思わず、なんでも申しつけてください」
なにか言おうとする私の台詞を取り上げるように、新藤さんが先に話した。「それより律さんが喜ぶプレゼントを持って参りました」
彼の言う通り、新藤さんの妹と私の境遇が酷似しているから気になるのはわかるけど、本当にいいのかな。
一人は辛いから新藤さんが傍にいてくれたら嬉しいのは確かだけれど、それでも……この状況はどうかと思う。
ハウスメーカーの担当にここまでさせてしまったらだめだよね。