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「百合、大丈夫?」
意識が過去に飛んでいた私は、響子の声で現実に引き戻される。
そうだ、今は響子と太一くんとランチしていたんだった。
過去の恋愛の話題から、久しぶりに高校時代のことを鮮明に思い出してしまった。
動揺する心を落ち着けるため、グラスに入った水をゴクっと一口飲み、大丈夫なことをアピールするため2人に向かって微笑む。
これ以上私が恋愛の話をしたくないのをなんとなく察してくれたのか、いつの間にか話題は9月から入社してくる新しい社員の話に移っていた。
「ねぇ、2人とも聞いた?新しく入社する社員なんだけど、なんと社員だけじゃなく新しい役員の就任もあるらしいよ。それがなんと、大塚社長の息子なんだって!いわゆる御曹司よ!しかも、超イケメンなんだって!」
「あぁ、ちょうど今頃、イントラに人事通知が上がってるだろうから言えるけど、俺その方ならこの前のニューヨーク出張の時に向こうで会った」
情報通の響子が色々知っているのは分かるけど、太一くんが知っているのは意外だった。
太一くんは社内のウワサとかはあまり気にしないことが多いし、海外ですでに会っているとは驚きだ。
響子もそう思ったのか、興味津々で質問を重ねる。
私は、そういえば安西部長が午前中にもうすぐイントラが上がるとか話していたなぁ、その話かなぁとぼんやり考えていた。
「ニューヨークで会ったの?なんで?どんな人だった!?」
「うちの会社で海外事業を統括する役員に就任するらしくてさ。今はアメリカの会社にいるらしくて、だから出張でニューヨークに行った時に先駆けて挨拶させてもらうことになったんだ」
「じゃあアメリカから帰国して、創業者一族として役員として会社に入社するわけか。で、イケメンだってウワサは本当なの?」
「スゲーかっこいい人だったよ。男でも憧れる感じでさ」
どうやら2人の話を総合すると、
・現社長の一人息子で創業者一族の御曹司
・現在アメリカ在住
・帰国して大塚フードウェイの役員に就任予定
・男も憧れるくらいのイケメン
ウワサの人物はこういう人のようだ。
そこで今朝の安西部長との会話を思い出す。
見開きで2ページ分を使って紹介したい人がいると言ってたのは、きっとこの人のことだ。
(うん、確かにこれは特別扱いになるのは仕方ないかもね)
「男から見ても憧れるなんて期待値上がっちゃうわね!年齢はいくつくらいだったの?」
「聞いてないから正確には分からないけど、たぶん30代前半くらいなんじゃない?俺たちよりは少し上くらいな感じだと思う」
「や~ん、来週が楽しみ!早く見てみたい!」
ミーハーな気質のある響子が興奮している。
こんなふうに感情のまま騒げる響子がうらやましい。
「響子ってば、彼氏いるじゃない」
「それはそれ、これはこれ。お腹いっぱいでもデザートは別腹っていうのと同じで、彼氏がいてもイケメン鑑賞は別の楽しみよ!」
「今朝安西部長に言われたんだけど、たぶん今度の社内報でその方の紹介をどどーんと載せるよ」
「うそー!すっごく楽しみ!」
こうして色々と3人で話していると、気がつけばもうすぐ13時になろうとしていた。
「2人とも時計見て!そろそろお店出よう」
「あ、やばっ!イケメンの話題に興奮して時間忘れてた」
「俺も午後から打合せだ」
私たちは急いで伝票を手に取るとお会計を済ませ、会社へと急いだ。
会社に着くと、お手洗いで歯を磨き、簡単にお化粧直しをする。
お昼の後の女子トイレは、私と同じように身だしなみを整える女性社員で混み合う。
女性同士が集まるとお喋りも賑やかだ。
ここでも例の御曹司のことが話題になっていた。
「イントラ見た?」
「見た見た!社長の息子が来週から常務として就任するんでしょ」
「そうそう。しかも秘書課の子の情報によると、イケメンで独身らしいよ!」
「「うそーー!楽しみーー!!」」
ワイワイと盛り上がるウワサ話にこっそり耳を傾けながら、手早く身支度を整え、私はお手洗いから立ち去った。
デスクに戻ると、安西部長はお昼休憩のため不在にしていて、代わりに午前中に外出していたメンバーが戻ってきていた。
「あ、百合さん、お疲れ様です。新商品のプレスリリース作成終わったので、原稿をメールで送っておきました。あとでチェックお願いします」
「分かった。あとで確認しておくね」
同じ広報部の後輩の女の子・由美《ゆみ》ちゃんから声をかけられニッコリ微笑んだ。
すると由美ちゃんがいきなり身をくねらせながら目をキラキラさせる。
「あーー百合さま、神さま、仏さま!今日も百合さんが美しいーー!眼福~~!」
3つ年下の由美ちゃんはたまにこんなふうになる。
由美ちゃん曰く、「私の幸せは百合さんの美しさを愛でることです。百合さんと同じ部署で後輩として働けるのが私史上最大のラッキーです」とのこと。
ちょっと発言が変わってるけど、仕事は一生懸命だし、慕ってくれるのは嬉しいので、可愛い後輩だ。
そんな由美ちゃんも例の御曹司の話題を持ち出してきた。
「百合さん、御曹司ですよ、御曹司。社内のあちこちでウワサになってますね。うちの部は役員と接する機会も多いんで、楽しみですね」
「由美ちゃんも気になるの?」
「見目麗しいらしいので、百合さんと並ぶと絵になりそうだなーと思って楽しみなんです!」
「‥‥‥‥」
(やっぱり由美ちゃんの楽しみポイントは他の人とちょっと違う気がする)
私は何も返答せず、あいまいに微笑んだ。
返答に困った時、これ以上踏み込まれたくない時など、私はよくこの曖昧な微笑みを駆使している。
「あーー!その憂いのあるミステリアスな微笑みもいつもながらに素敵です!」
(もう放置しておこう)
私は由美ちゃんを尻目に、自席につくと、さっそくイントラを立ち上げた。
イントラの新着情報には、みんながウワサをしていた人事通知がアップされている。
ーー大塚亮祐《おおつかりょうすけ》 常務取締役 海外事業担当役員に9月付で就任
例の御曹司は大塚亮祐という名前らしい。
入社前からこんなに話題になってウワサされるなんて大変だな、と思いながら私は人事通知を閉じた。