1.集団復讐
辺りが騒がしくなってきた。
警察と救急が何人も駆けつけ、必死に救護に追われていた。塩谷たち3人は気力を失い、揃って泣きながら座り込んだまま。救急隊員が声をかけてくれなければ、今頃失血で3人とも死んでいたところだっただろう。
『君たち、親御さんはどこに?』
一番聞いてほしくなかった言葉。3人はやっと我に返った。
『…あっ…悪魔に……悪魔に…』
質問には村中が答えた。村中の声は上ずり、明らかに震えていた。
3人は保護され、病院で治療を受けさせられた。塩谷が言葉を発することはなかった。
2.よかった
後日。3人はそれぞれ親戚の家に引き取られたり、一人暮らしを始めたりした。塩谷は両親どちらの祖父母とも既に死別しており、近くにも家に住まわせてくれるような親戚はいなかったため、小さなアパートを借りて1人で生活を始めた。
奇跡的に怪我が完治し生き残った3人は、不安を抱えながら、ずっと来れていなかった学校にやっとの思いで登校した。
久々の教室を前にして、塩谷が先頭に立ち、恐る恐る戸を開けた。
「…!?」
「塩谷!?」
「竹内!村中も…!」
「誰か先生呼んでこい!!」
ほんの一瞬で教室内の空気はガラリと変わった。クラスメイトらの視線は一気に3人の方へ向き、ざわめきが一層大きくなり、全員が大きな足音を立てながら3人の周りに駆け寄ってきた。
「竹内…村中…!塩谷…!」
「よかった……本当によかった…お前らいつになっても帰ってこねぇから死んじまったのかと…」
「心配させて悪かった…それより…みんなは大丈夫だったのか…?」
塩谷が口を開いて聞いた途端、反対にクラスメイトたちは口をつぐんだ。1番前に立っている1人が絞り出すように言葉を発した。
「…俺たちは平気だった。巻き込まれたとしてもみんな軽傷。お前らよりはずっとマシだ」
「俺たち”は”…?」
3人は息を飲んだ。
「…家族はみんな、ダメだった」
「…!!」
薄く感じていた嫌な予感は的中してしまった。塩谷たちだけでなく、今教室にいるクラスメイトたちも3人と同じ、悲惨な目に遭っていたのだ。
「…っこのクラスの人も何人か…なっ…亡くなって……だから…その…塩谷くんたちも助からなかったのかなって、ずっと、心配してて…」
それまで俯いてずっと黙っていた1人の女子も、群衆の1番後ろから静かに言った。ボロボロと涙をこぼし、隣の女子に慰められているのが見えた。
「…ごめん、心配させて。ほんと。俺たちはもう大丈夫だから…」
こんなボロボロの精神状態で何が大丈夫なのか。言った自分でもよく分からない。でも今はとにかく、ずっと待っててくれていたクラスメイトと再会できたことが何よりの喜びだ。
クラスメイトたちは全員一箇所に固まり、それから声を上げて泣いた。
3.これからの道
それからまた数日。ずっと出せていなかった進路希望調査を提出する日が来た。本来ならばあの時提出するはずだったものだ。
ずっと悩んでいた塩谷の進路も決まった。竹内、村中とそれぞれ目を見合せ、互いに頷き、教卓に用紙を提出しに向かう。
3人が握りしめたその紙の「第一希望」欄には、ハッキリとした濃い字で「デビルハンター」と書かれていた。
月日は流れ、翌年の春。
塩谷たちは無事、デビルハンターになった。
てっかり採用試験や面接などの厳しい試練があるのかと思っていたが、驚いたことに何もなく、すんなり入れてしまった。塩谷たち3人の他にもデビルハンター志望だった当時の生徒は何人もいたらしく、よく喋っていた友人から顔見知りの他クラスの人たち、他校の出身であろう人までズラリと集まっていた。
(デビルハンターは稼ぎがいい分、いつ命を落とすか分からない危険な仕事。とにかく手駒があれば何だっていいってことか…)
慣れない新品のスーツを身にまとい、3人は他の集まった人たちと共に本部の入口を通っていった。
4.遠征
『討伐遠征?』
『あぁ。よく覚えてねぇけど、なんかの大型悪魔を倒すための遠征があるらしい』
3人がデビルハンターとして活動するようになり、3ヶ月が経った。塩谷は突然かかってきた村中からの電話に応えているところだった。
『俺そんなこと全く聞いてねぇんだけど。いつ?』
『来週…だったかな。俺と竹内は参加するけどお前も来るだろ?』
『もちろん』
『っし決まり。忘れねぇうちに上に言っとけよ』
『おう』
ガチャンと音を立てて早々に電話を切る。
討伐遠征。忌まわしき大型悪魔を倒す、塩谷にとっては絶好のチャンスだ。行かないわけがない。
(一体でも多く悪魔を倒す。俺にはそれだけだ)
塩谷は前を向き、拳を固めて意気込んだ。
だがその数日後。
『……』
塩谷は風邪をひいた。
『クッソ…』
体感的にしばらく治りそうにない。頭がグラグラする。目眩や立ちくらみで目の前が一瞬見えなくなるほどだ。
上司にその旨を電話したところ、「多少の体調不良でも命取りになるから今回はやめておけ」とのことだった。「頭のネジがぶっ飛んでる奴が多い」で有名なデビルハンターにしては随分献身的な上司だなとふと思った。
できる限り参加して役に立ちたかったが、風邪をひいた身では役に立つどころかかえって足でまといだ。塩谷もそれはなんとなく理解していたため、悔しいが、やむなく不参加とした。
次の日の夜。塩谷は床に敷いた布団に横たわり、実家とは違って何もない天井を見つめていた。
─眠れない。
今頃2人はどこかで必死に戦っているのだろうと考えると、何の役にも立てずに寝ている己の無力さを感じてしまい、睡眠どころではない。
だが現場に赴いているのはあの竹内と村中。少なくとも自分よりかはよっぽど頼りになる2人だ。きっと全てが片付いたら自慢げに電話してくるに違いない。
そう考え直した途端に眠気が来たので、塩谷は2人の無事を祈りながら目をつぶり、眠りについた。
5.合図
翌朝。塩谷はけたたましく鳴る電話の音で目を覚ました。時計は午前10時を指している。どうやら昨日目覚ましをかけ忘れて寝てしまったようだ。一体何時間寝ていたのだろう。
メガネをかけ、布団を勢いよく剥いで起きる。きっと竹内か村中だろう。それ以外には特に考えず、受話器を取った。
『─あ、特異3課隊員の塩谷さんで合ってますか?』
『え、あっ、はい』
誰かも名乗らずに突然話を切り出した相手に困惑したものの、つい反射的に返事をしてしまった。まだ眠気が覚めていない感じがする。注意していないと話を聞き流してしまいそうだ。
そんなことは気にせず、相手は続けた。
『例の討伐遠征のことなんですが、たった今終わりましてですね。あなたと同期の…竹内さんと村中さん?あの2人亡くなったんで、遺体の引き取りお願いしたいんですけど』
『え……?』
『ちょっ、ちょっと待ってください……冗談ですよね…?』
『冗談だったらこんな電話なんてしてませんよ。あの2人ご家族もいないみたいだし、唯一関係があるのがあなたしかいないもんで』
相手の声はただただ淡白で冷たかった。感情の籠っていないその平坦さに恐怖すら感じた。立っている感覚がしない。足の先からは一瞬にして血の気が引いていった。
何も見えない。
『遺体はとりあえず本部には運んだんで今日中に引き取ってください。あんな大量に置いておけるスペースないので。では』
そう言うと、相手は一方的に電話を切った。ツーツーという終話音が鼓膜の奥まで響いたので、ゆっくり受話器を耳から離し、静かに置いた。
塩谷は膝から崩れ落ちた。
『…なんで…』
なんで、泣いているのだろう。
『なんで…!』
分かりきっていたことではないか。
「もしかしたら、このまま帰ってこないかもしれない」。
常に死と隣り合わせである仕事なら、充分に有り得たはずだ。
頭では容易に想像できていたはずなのに。
『なんで…!!!』
どうして、「あの2人だけは生き残る」と勝手に思い込んでいたのだろう。
どうして、自分の元にかかってきた電話を2人のうちどちらかだと信じて疑わなかったのだろう。
『…なんで……なんで…』
この日、竹内と村中は死んだ。
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