「それで、どうして此方にいらっしゃるんですか。テオドール様……」
デラはあの後、戸惑いながらも部屋を出て行った。なのに何故かテオドールは、部屋に留まっている。空気が読めないとはこういう事を指すのだろう。
家族同然のデラは部屋を出て行ったのに、言い方は悪いが部外者で他人であるテオドールが残るなんて、どう考えてもおかしいし不自然だ。
「勿論、君に胸を貸す為だよ」
この方は一体全体何を仰ってるんでしょうか。相変わらず何を考えているのか分からない……予想外の言葉にヴィオラは呆気に取られた。
「私、1人になりたいんです!聞こえませんでしたか?そんな事、私頼んでません!」
珍しく苛立ってるヴィオラにテオドールは、優しく笑みを浮かべる。
そして次の瞬間、ポンッと頭を撫でられた。
「テオドール様⁈なにを」
「大丈夫、君を1人にはしない」
1人に、なりたいんですが……。
「私は1人で大丈夫です‼︎寧ろ1人にして下さい!」
「僕がいるから、そんなに怯えなくていいよ」
ヴィオラは息を呑んだ。怯えてる?私が?何に……。
「そんな怯えた顔をして……不安なんだろう?」
まるで心を見透かされたようなテオドールの言葉に、心臓が跳ねた。
「っ……」
図星だった。ヴィオラは唇を震わす。
本当はもう、気が狂いそうだった。自分で自分を誤魔化して虚勢を張るのが精一杯だった。
だって、そうでしょう……どうして、こんな事になってしまったの⁈
ミシェルがいなくなって、絶望した。でも、そんな私をレナード様が救ってくれた。だが、そのレナード様は家族を……殺した。
謂れのない罪を被せ、両親を兄を妹を……。
正直、あの人達を好きかと問われたら否と答えるだろう。だが、それでも、私の父と母と兄と妹だ。
レナード様が分からない。何故こんな事をするのか。
記憶を失くした私に、婚約者だと嘘を吐き、迎えに来てくれると約束して。
でも、レナードには新しい婚約者が出来たそうだ。それは、私ではない……。
「テオドール、さまっ私っ……私はどうしたら、分からないですっ。どうしたら、いいの……」
「ヴィオラ」
テオドールは、ヴィオラを抱き寄せると確りと抱き締めた。暫く部屋の中には、啜り泣く声が響いていた。
「ごめんなさいっ、私テオドール様にご迷惑を」
半刻近く涙を流し続けたヴィオラは、ようやく落ち着くと我に返った。そして現状を把握し狼狽える。
「迷惑じゃないよ。まあ、敢えていうならば
、この状況は自ら望んで得たものと言っておくよ。役得的な、ね?」
「テオドール様……ふふ」
テオドールの優しい言葉にヴィオラは思わず笑った。
「それで、ヴィオラ。これから君はどうする?」
「……」
正直、手詰まりの状態で身動きが取れない。ヴィオラは黙り込む。
「いい方を変えようか。君はこれからどうしたい?」
そう問われたヴィオラは悩んだ。何時迄もここにいる訳にもいかない。ここはレナードの避難場所と言っても過言ではない故、婚約者でもない自分が滞在し続けるのは気が引ける。
ならば実家に帰るか?だが、そもそもまだ実家はあるのだろうか……。主人を失い、侯爵家は今どうなったのか。
王族への叛逆した罪を問われ、まだ存在しているとは思えない。ならば、今の自分は何者なのか?侯爵令嬢ではないなら、ただの何も出来ない無力な娘に過ぎない。
「テオドール様、私は。今の私は何者なのでしょうか。多分もう侯爵家は存在しない。ならば私は、自分で歩く事すら出来ない何も出来ない、無力な娘です。役立たずな……」
いつか妹から言われた言葉が頭に過ぎった。これから先どうやって生きて行けば良いのだろう。レナードには新しい婚約者いるらしく、テオドールの言った通り自分もう用済みだ。彼にとって、ヴィオラという物珍しい遊び相手だったのだろう。
記憶を失くした自分に嘘を吹き込んでまで、そんな振る舞いをするのは些か疑問は残るが。
「ヴィオラ、」
「私」
テオドールが何かを言いかけたのを遮りヴィオラは口を開いた。
「レナード様に会いたい、です」
レナードに会ってどうするのかは、分からない。彼に未練があるから会いたいのか、それとも恨言の一つでも言ってやりたいのかは、自分でも分からない。だが、浮かんだ言葉はそれだった。
テオドールは、ヴィオラのその言葉に唇をキツく結んだ。
「……分かった。なら、その前に準備が必要だ」