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抱き上げると割といつもそんな感じなので大葉は気にしていないのだが、すぐそばでそんなキュウリの様子を目の当たりにした羽理は、さっきまで自分の危ういところに張り付いていたワンコの口元が今度は大葉の手を舐めている様に、落ち着かない様子でソワソワと視線を彷徨わせた。
柚子はそんな二人の様子――主にオロオロしている羽理の姿――を、真正面から目を細めて見守っているのだけれど、もちろんあえて指摘はしない。
代わりに「こいつって……お姉さまとか柚子さまとか言えないの?」と抗議しながら、スッと立ち上がって大葉の手からキュウリを奪い取った。
「ところでたいちゃんと羽理ちゃんって……」
柚子の抗議に「はいはい」と適当な返事をする大葉の横で、羽理が「原因……」と真剣な様子で考え込んでいる。
そんな二人を交互に見遣って、柚子が口を開いた。
***
大葉の姉だと言う一羽柚子との初邂逅は、お互い真っ裸と言う最悪なものだった。
女同士だからいいかと言うと、そう言うこともなくて……。
例えば最初からお互い裸でいることが前提の温泉などなら心の準備も出来ている。
でも、今回は余りに突然過ぎたから。
何と言うかフルンと揺れた柚子の大きなおっぱいに、羽理は正直滅茶苦茶怯んだのだ。
いや、怯んだと言うより僻んだ、に近いかも知れない。
一番最初に思ったのは、(あんな大きなお胸の女性には〝勝てっこない〟!)と言うこと。
大葉に彼女は姉だと説明された後も、あんな巨乳のお姉さんを見て育った大葉には、羽理のちっぱいはさぞかしささやかに映っただろうなと言うことで。
大葉、一応に羽理の裸に反応はしてくれていた気がするけれど、それすら何となく心許なく思えて泣きたくなってしまった。
だって――。
(普通、裸の女の子が目の前にいたら襲いたくならない?)
襲われても困るけれど、自分のことを好きだと明言してくれた後のつい今し方だって、大葉は淡々と羽理にバスタオルを掛けてくれただけ。
二人きりになった後でさえも、大葉はとっても〝紳士的〟で……思わず抱き付いてしまいそうになるとか、衝動に駆られて迫ろうとしてくるとか……そんな素振りは微塵もなかった。
心臓がバクバクするのはいつも羽理だけな気がして、何だかとっても理不尽に思えたと言ったらワガママだろうか?
何となく柚子に引け目を感じてしまっている羽理は、大葉を前に復活した不整脈も手伝って、彼のそばには座りたくないと思ってしまった。
そもそも下着がないまま、直に身に着けるしかなかったチュニックとレギンスが、(やったことはないけれど)裸タイツの気分で非常に落ち着かない。
何ならレギンスが股に食い込んで気持ち悪くて……歩き方もおかしくなってしまう。
それでわざわざ大葉から距離を取るようにローテーブルを挟んだ向かい側に座ったのだけれど――。
床に置かれた座布団の上にペタリと座ったからか、キュウリからやたら際どい所を責め立てられると言う羞恥プレイを受けてしまった。
ついでに――。
(何でキュウリちゃんを抱いたまま私の横に来ましたかね!?)
大葉にSOSを出したのは確かに羽理だ。
だけど――。
愛犬を抱いた大葉が、わざわざ自分の隣に座るだなんて想定の範囲外。てっきり大葉はソファに戻ってくれると思っていたのに。
(心臓がバクバクするので離れて欲しいですぅー)
思いながら、羽理は尻を床に付けたままジリジリと大葉から距離を取った。
***
「ところでたいちゃんと羽理ちゃんって……付き合ってるの?」
どうやらこの二人、急接近の原因はたまたま。何らかの要因で無理矢理結びつけられただけらしい。
だけど、どう見ても可愛い大葉は隣に座る女の子を意識しているし、弟が好意を寄せているようにしか見えないその子にしても、それは同じに見えた。
なのに――。
柚子からの質問に対して即座に「当たり前だろ!」と答えた弟に対して、羽理は大葉のその言葉が信じられないみたいに「えっ!?」とつぶやいて驚いた顔をするから。
(ちょっともう、この二人、何でこんなちぐはぐなの!)
どう考えても両想いにしか見えないのに、この認識の差!
目の前で「いや、俺、お前に好きだって言っただろ? なるべく一緒に過ごそうとも伝えたはずだぞ?」だの「確かに好きだとは言われましたけど、……一緒に過ごすのは病気を治すためだって言ったじゃないですかっ」だの不毛な言い合いが始まって。
柚子ははぁーっと大きく溜め息を落とさずにはいられない。
そんな自分を、『どうしましたか?』と言う表情で見上げてくるキュウリをヨシヨシと撫でながら、
「たいちゃん……」
柚子が狙いを定めたのは羽理ではなく可愛い弟だった。
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