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警察署の朝は,いつもより少し静かだった。
今日は試験日。
私は自分のデスクで資料を広げ,集中して目を走らせている。
……静かすぎる。
「…………」
顔を上げると,中野が自分の席で同じように資料を読んでいた。
近づいてこない。
絡んでこない。
それが,逆に落ち着かない。
「……珍しいわね,今日は絡んでこない」
「んー」
一瞬だけ,横目で私を見る。
「後でな」
「……何それ」
嫌な予感しかしない。
「今は試験やろ?」
低く,落ち着いた声。
からかう前の,余裕。
「仕事中よ」
「分かってる」
分かってる上で言うから腹が立つ。
中野は立ち上がり,私の横を通り過ぎる。
距離は保っているのに,視線だけが絡む。
「終わったらさ」
顔は見ないまま。
「ちゃんと相手したるから」
短く言い切られて,何も返せなくなる。
「ほな」
一歩引いて,去り際。
……だから,
そういう言い方をやめろって言ってるのに。
試験は無事に終わった。
その後は,部署合同の軽い飲み会。
私は烏龍茶。
中野も同じ。
「意外やな」
「何が」
「飲まへんとこ」
「仕事が残ってるの」
「真面目やなぁ」
そう言って,私のグラスを見る目が妙に意味深。
解散後。
駅までの夜道を並んで歩く。
「なぁ」
「なに」
「今日さ,上から聞いたやろ」
一瞬,言葉を選ぶ間。
「……ホテル取ってあるって」
その一言で,
頭の中に余計な想像が浮かんだのを,中野は見逃さなかった。
「……顔に出てるで」
「出てない」
「出てる」
笑いを含んだ声。
「別部屋やって聞いてるけど」
「へぇ」
わざとらしい相槌。
「それでも,今なに想像したん?」
「してない」
「嘘やな」
一歩,距離を詰められる。
「恵,分かりやすすぎ」
「近い」
「これで?」
わざと止まる足。
街灯の下,逃げ場がない。
「試験終わったんやし」
低く,からかう声。
「ちゃんと相手したる言うたやろ?」
「……中野」
「冗談やって」
あっさり距離を戻す。
「ほな,行こか」
何事もなかった顔で歩き出す背中。
本当に,
どこまでが冗談で,どこからが本気なのか分からない。
ただ一つ確かなのは
この男は,人の心を揺らすのが上手すぎる。