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硬いコンクリートの壁に、背中を強かに打付ける。肺の中の空気は残らず押し出され、骨の軋る音がした。腹部を見下ろせば、じわじわと傷から赤い染みが広がっていくところだった。そっと、その傷口に触れて確かめる。触覚はもう残っていない。感覚が麻痺している。まるで触れられている感触がない。指先から熱が失われていくのがわかる。視界がぼんやりと霞んでいき、視界を形成するものは意味を成さない影だけとなっていく。

自身で作った血溜まりの中に、ずるりと崩れ落ちた。そう長くは持たないことは、もう言うまでもないだろう。


🇬🇧「はは…やられましたね」


焦点は定まらない。それでも微かに認識できる目の前の男の影を見つめて、自嘲的に笑う。

それがちゃんと笑みの形を作っていたかは分からない。どこの筋肉も引き攣って、脳の命令通りに動かなくなってきている。

呼吸をすることすら億劫なのだ。


「終わりだ」


人影が言う。

冷徹さすら感じない、人間として重要なものが欠陥した声だ。

それは本来心があるべき空洞の中に、別の途方もなく大きな、もはや退かすこともできない恐怖が横たわっているせいだからだ。

───戦場で数え切れないほど見たものだった。

かちゃり、と人影が銃口をこちらに向ける音が聞こえる。軍用の自動拳銃だろう。それも古い旧式のもの。

男が元軍人で、相当な怨みを私に向けている。その言動から検討がついていた。


🇬🇧「…そんなものでは殺しきれませんよ」


だからこそ、彼はこの事実を理解しているはずだった。

国の化身とは、幾ら死んだとしても国家がある限り体は再生する。生命を止めることは消して許されない。


「なら何度でも痛めつけて殺す。お前らも苦しみを知るべきだ」


肉体はそうだとして、心はどうだろうか。

何度死んでも、殺されてもあり続ける生。

「死」という間違った歴史を正すように訪れ続ける「生」。

幾ら精神的に強くできていたとしても、だ。そんな無間地獄に耐えられるだろうか。

彼はその、地獄を見せたいのだった。


🇬🇧「戦場で死んでいった、貴方の同胞と同じように、ですか」


「黙れ!」


銃を持つ手にさらに力が篭もる。

私は割れて歪んだモノクルの下で目を瞑った。暗い空気の中に薄く混じった鈍い光を受けて、ガラスは弱く光を反射している。


🇬🇧「撃ちたければどうぞ。辛いのでいっそもう殺してください」


諦めたかのような口調で言った。しかし、次にその瞳を見せた時、表情に浮かぶ笑みの種類は変わる。

目の焦点は合わず、自らが作った血溜まりの上に倒れている。死体同然とも言える体だ。そんな笑みは苦し紛れのものにしか見えない。


🇬🇧「───やれるものなら」


───見えない、はずだった。


「……何がおかしい」


🇬🇧「貴方に撃てますか。世の理を超えた我々のような存在を」


両手を広げ掲げて見せる。堂々と正面からその身を呈していた。翠色の瞳が鋭く男を射抜く。

男は困惑した。目の前の化け物が、今この状況でこんなにも余裕ぶれる材料など無いはずだからだ。そしてその事実は今更変わりようがない。しかし引き金にかけた指は、間違いなく震えている。


「嘘吐きの言葉を信じるやつがいると思うか?」


その言葉をふっと笑って払って見せた。この男は理解していても、実際に使いこなせてはいないだろう。嘘、という武器を。嘘の本質は、いかに自身を冷静に保ち、相手を陥れられるかだ。


「どうやってこの場を脱する積もりだ?助けは呼べない」


今此処に電子機器はないし、まずこの周囲は妨害電波でジャミングされている。事前に予測して援軍を近くに配置しておくなんて余裕もなかった。その事実は誰から見ても明らかだ。


🇬🇧「───切り札は既に私の手の中に」


依然として表情は崩さずに、ゆっくりとその場に立ち上がる。演劇じみた動作で悠々とひび割れたモノクルを外す。

遮るもののなくなったその眼窩に収まる右の瞳が煌めく。


「な…!」


それはまるで、光源によって色を変えるアレキサンドライトだ。

普段その両方を飾っているはずの翠色は、今は何故だか左右でその色が違っていた。

人を欺き騙す深い翠と、それを透徹した目で見透かす蒼。


🇬🇧「時間稼ぎという貴方の考え、悪くはなかった」


言った刹那、銃声が空気を切り裂く。

男の体躯はがくんと横に揺れた。


「っ…!」


男は掠れた声で馬鹿な、と呟く。

連絡は取れない。偶然とも言える襲撃だった。この場所の正確な位置など把握できるはずがない。ない、はずなのに。


🇫🇷「安心してよね。今撃ったのは実弾じゃないから」


おどけたように笑うその顔にも、翠と蒼が煌めく。男が最後に認識できたものは、その輝きだった。どさり、と血溜まりに体が落ちる。


🇫🇷「ほらね。コレ、必要だったでしょ?」


男が意識を失ったのを確認して、フランスは自身の瞳を指さしてそう言った。


🇬🇧「今回ばかりは助かりましたよ。癪ですけど」


この戦いに巻き込まれる前、2人は互いの眼球を“交換”していた。

幾らバラバラに刻まれようが、完全に生命機能が止まろうが、必ず「生」に引き戻される。

例えば腕が切り離された時、完全に再生するにはその体から離れた腕を切り口に宛てがうのが最も手っ取り早い治療法だ。荒治療だが、一から再生するよりは随分短い時間で済む。

この瞳も同じだ。

眼窩から眼球を抜き、片目ずつ交換して眼窩に収める。

完全に相手の眼球が自身の身体に馴染んで再生するまでの数時間、相手と記憶と視覚、そしてある程度は考えていることまで共有できるようになる。


🇫🇷「あーあ。またそういうこと言う。僕、君のそういう所キライ」


🇬🇧「嫌なら嫌で結構です。さっさと肩貸してください」


🇫🇷「えー…高くつくよ?」


🇬🇧「奇遇でしたね。私も貴方のそういう所、大っ嫌いです」


🇫🇷「うーわやだ、両想い」


表情は苦笑いを浮かべながらも、先程男に言われた言葉を反芻する。

───嘘吐き。

数え切れないほど聞いた。嘘で固めた足場が、どれだけ脆いものなのかは判っているつもりだ。

嘘を暴かれた先にあるものは破滅だ。それもどん底に突き落とされるような。

罪を精算する時は、いつか必ず来るのだから。


🇬🇧「───私の破滅は貴方がいい」


そんな事を考えていると、思わず口をついて出てしまった。慌てて取り繕う。


🇫🇷「……なんか言った?」


🇬🇧「いいえ、何も」


嘘も、皮も肉も全て引き剥がして中身を引きずり出せるのは彼だけ。

絶対的な敵であり、背中を預けてやってもいいと思う相棒であり、そして私が影であるのならば、愛ある彼は光だった。

彼の光に当てられると、太陽に近づきすぎた挙句身の溶けていくような錯覚に陥る。

一緒に破滅してくれなんて我儘は言わない。

救いあげてくれとも言わない。

ひとつ欲張りを言うのなら、どうか私を灼き殺すのが───彼であるならいい。


🇫🇷「……あのさぁ、僕のライバルの座は君のものなの。勝手に席を離れられると困るんだけど」


🇬🇧「───フランス、それは」


🇫🇷「今はそっちの考えてること丸わかりなんだよ!ばーか!気づけよ!」


私が口を開く前に、絶対に何も言わせまいと、彼は走り出して行ってしまった。

私はよろよろと立ち上がった。そして行き場の無くなった両手をコートのポケットに突っ込む。思わずはあ、と気の抜けたため息を漏らす。

彼は私が勝手に破滅することさえも、許してはくれないらしい。

もっとも、今の言葉では私が彼の隣にいることを認めているようにしか聞こえなかった。


🇬🇧「……熱烈な告白を…されてしまいましたね」


彼は光だ。ただその光はあまりに強く、影である私さえ包んでしまうらしい。

そんな彼が、隣に座ってもいいと席を開けてくれるのならば。甘えない手はないだろう。

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