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ゴォ────────ゴォ─────────
頭上を飛行機が通った。
「…うるさいなぁ…」
私は朝倉 早紀子。青橋高校の3年生だ。
私は今、死にたい。毎日繰り返されるいじめにはもううんざりだ。
前は「死にたい」 なんて厨二病の言うことだと思っていたが、今となっては少しその気持ちが分かってしまう。
周りの人を見ると、心做しかキラキラと輝いて見えた。みんな青春を満喫しているのだ。
私をいじめる奴らにとっては、いじめも青春の一部なのだろう。そう考えると、1人ぼっちの自分が酷く惨めに思えてくる。
でも前は違った。私は1人じゃなかった。2人の友達と行動を共にしていた。
でもそのうちどんどんと離れて行ってしまい、遂には話す事すら無くなってしまった。
どうやら、いじめの主犯格から私を無視するように言われていたらしいのだ。
本人たちが話しているのを聞いてしまった。
もう私に味方は居ない。
そして、高校からの帰り道。
「えーお前まだそれやってんのー!?」
「んだよ悪ぃかよ!」
「悪かねぇけどさ、…えーお前どう思う?」
「アタシ?アタシはどっちでも良いかなw」
前や後ろは人の話し声でいっぱいだと言うのに、私は下を向きながら1人寂しくトボトボと歩いている。
そんな私を、誰かがクスクス笑っているような気がする。恐らくそんな事は無いのに、そんな気がしてしまう。死にたい。
30分程歩いただろうか。
やっと家に着いた。両親はまだ帰ってきていない。一直線に自室に入り、学校指定のバッグを投げ置く。
バサバサ、と中からが出てきた物に視線をやると、
「死ね」「ブス」「目障りw」「調子乗んな」
ありとあらゆる罵詈雑言が、ボロボロのノートに書き連ねてある。
一体どんな気持ちで書いているのだろうか。
検討もつかない。
キラキラ輝いているアイツらに、なってみたいと思った。もっと青春を満喫したい、とも思った。
でも、なれっこない。私が輝く日なんて、恐らく永遠に来ないだろう。
次の日。今日も学校だ。
「おはよう。どうしたの?最近あんたクマ凄いわよ?ちゃんと寝てる?」
「寝てるってば」
母親は心配こそしてくれるが、どれも的外れだ。
出されたトーストを齧り、早々と家を出た。
「そんでさー、……あ、おはよー!来たんだw」
「…うっわガチじゃんオモロw」
「まさかの来るっていうw」
クラスに入ると、気にもせず、自席へ向かった。私の机は一目で分かる。
例によって、罵詈雑言が書かれていたり、彫刻刀か何かで所々削られた机。あれが私の席だ。
軽く手で汚れを払ってから座った。
1時限目の授業中。
「そしてこの③だがな…」
「先生ープリント1枚足りませーん」
「おーすまんすまん」
…いつもと全くもって変わらない。
寄りにもよって私が一番苦手な三角関数の単元。
「はい今……ント…の…から…やって…」
何だ…?
頭の中で…
「…ワン、トゥー、スリー、」
─────♪ ─────────♪
誰かの声と、音楽。
こんな曲、1回も聞いた事が無い。流れるような、美しい音色だった。
かと思うと、突然ジャズ調になった。この音は…アコーディオン?とか言う楽器だろうか。後はトランペット…かな。
途中からのメロディは、惚れ惚れしてしまう程にかっこよかった。
音楽をまるで知らない私が聴いても、とても上手な演奏だ。
頭の中で流れ続ける音楽に気を取られ、肝心の授業の内容を全く覚えていなかった。
でも、あの素晴らしい音楽をまた聴きたい。
ずっとその事ばかり考えていたから、その1日の授業に全く集中が出来なかった。
放課後、誰も居なくなった教室で、私は1人残って、タブレット端末をいじって調べ物をしていた。この学校が電子機器OKで本当に良かった。
どうしても、1時限目に聴いた音楽が頭から離れなかった。
どうにかして曲名だけでも知りたいと思ったが、断片的過ぎる情報では何の役にも立たなかった。
十数分探すと、ようやく似た曲を見つけた。でも違う。
あぁでもないこうでもない、と探しているうちに、不覚にも寝落ちしてしまった。
───気が付いた時、私は見知らぬ教室に居た。
音が聞こえる。
───────♪─────♪
様々な楽器の音が雑多に混ざり合い、それぞれが思い思いの旋律を奏でていた。…そんな風に聞こえる。
やがて視界がはっきりしてくると、数人の学生らしき人物らが楽器を弾いているのが見え始めた。
中央には、1人だけ楽器を持たない男子学生が椅子に座っていた。
パンパン、と彼が手を叩く音がした。
すると、先程まで鳴っていた楽器の音がピタリと止んだ。
そして彼は話し出した。
「御機嫌よう、朝倉早紀子さん。
4時30分に、音楽準備室のピアノ前にお越しください。
如何なる悩み事も、我々が解決して見せましょう───。」
その声が止むと、また楽器がバラバラに鳴り始める。
やがてその音も、彼らと共に遠ざかって行った。
待って、行かないで────
──── 目が覚めた。何だ、夢か。
雑多に鳴っていた楽器。どれも、聞いた事のある音ばかりだった。
1時限目に聴いたあの音楽。多分、あれらの楽器はあの音楽で使われていた楽器だと思う。確証は無いが。
そして、最後の言葉。
「…4時30分に、音楽準備室のピアノの前で…
……如何なる悩み事も……我々が解決して見せましょう…」
そろそろ4時半だ。
これは果たして、行くべきだろうか。
…20分後、私は音楽準備室の前に来てしまった。
「どんな悩みも解決する」 という言葉が気になってしょうがなかったのだ。
彼らなら、もしかしたらこの状況を打破する事が出来るかも知れない、と思ってしまった。
4階の音楽室の横に、小さな準備室が併設されている。その扉のドアノブに手を掛け、力を込めた。
てっきり鍵が掛かっていると思ったそこは、すんなりと回った。
────ガチャ
扉は開いた。開いてしまった。
意を決して入った準備室は、ひんやりとした空気で、人が立ち入った形跡はあまり見受けられなかった。
部屋の隅に、古びたピアノがあった。最近音楽室に新しいピアノが来たので、使われることが無くなった様だ。
「久しぶりに見たな…ここにあったんだ。」
私は、そのピアノが寂しそうに見えてならなかった。
1歩、2歩と近付く。
そのピアノの鍵盤は、薄く埃を被っていた。
その埃を軽く払ってやると、ポン、とピアノは細く音を出した。
────────ガコン
それと同時に、ピアノ上部の蓋がひとりでに開いた。
余りに突然の事に、私は動けなかった。
ピアノの蓋から、何やら黒いモノが出て来た。
その黒いモノはどんどんと傍の壁に広がっていき、やがて人が1人通れる程の大きさになった。
そのモノの動きのあまりの気持ち悪さに、しばらく固まって、動けなかった。
そして黒いモノが薄くなっていった。
なんと、その黒いモノがあった壁に穴が空き、奥へ続く階段が現れたのだ。
こんなものは今まで無かった。何なのだろう。
はっと気付き、掛け時計に目をやる。
その針は丁度ぴったり、4時30分を指していた。
第一楽章 Afflto 終