「ねぇねぇ!奥の方、なんかいっぱいお店出てそうだよ!」希空が嬉しそうに指をさす。
「行ってみましょうっ!」と紬が元気に返し、一行はにぎやかな通りの奥へと歩き出した。
海風に乗って漂う焼きそばやタコスの香ばしい匂い。
「うわ〜、いい匂い!」
椿がはしゃぐ声に、蓮が「腹減ってきたな」と笑う。
昴も「どれも美味しそうですねぇ」と目を細めた。
そんな中、架純の視線がふと一つの屋台に留まる。
湯気を上げる肉まんの屋台。
ほかほかと立ちのぼる湯気と香りに、足を止めた。
「……これ、ひとつください。」
架純が小さく言って、熱々の肉まんを両手で受け取る。
ふぅ、と軽く息を吹きかけて一口。
「……美味しい。」
ほんの少しだけ口角を上げて呟く声に、みんなの目がほころぶ。
その時、隣にいた優太が軽い調子で言った。
「それ、美味しそう。ちょっとちょうだい?」
「……いいけど。」
架純は何気なく肉まんを差し出す。優太は自然に受け取り、パクリとひと口。
一瞬の沈黙。
「……え?」
紬が目を丸くし、希空と視線を交わす。
「ねぇ、今の……間接キス、だよね?」
「う、うん……多分……?」
2人が小声でコソコソ話す中、椿は「いや、あれ気づいてるよね!? 全然気にしてないけど!」と驚いたように言う。
寧は「うん、あの2人……マジで動じねぇな」と苦笑い。
蓮も「いや、平常心すぎるだろ、」とぼそっと呟く。
昴は「なんか……大人ですねぇ」と微笑みながら頷いた。
当の本人たちは、まるで何事もなかったかのように次の屋台へと視線を移す。
「この通り、まだ奥にもあるよね。」
架純が周囲を見回すと、優太の目がぱっと輝いた。
「あ、それ!めっちゃ美味そう!これテレビでやってたやつじゃん!」
勢いよく指をさす優太に、架純は少し呆れたように笑う。
「ほんとに食べることしか頭にないね……」
「いや、こういう時に食べなきゃ損だろ!」
優太が軽く笑いながら言うと、架純も小さく肩をすくめた。
「……まぁ、そうかも。」
短く返した架純の声には、ほんの少しだけ優しさが混じっていた。
その背中を見送りながら、希空たちはひそひそと話す。
「ねぇ……付き合ってないよね?」
「いや、付き合ってたら優太が真っ先に自慢するでしょ。」
「……だよねぇ。」
笑い声がこぼれ、潮風とともに通りを柔らかく包み込んだ。
優太が嬉しそうにテレビで見た屋台へ駆け寄る。
「すみませーん!これひとつください!」
手渡された熱々のチーズハットグを受け取り、さっそく一口。
「うっま!!やっぱテレビは嘘つかないわ!」
頬をほころばせる優太の声に、みんなが思わず笑った。
そんな中、隣の架純が少しだけ首をかしげながら彼を見上げる。
「……それ、私も食べさせて。」
優太が驚いたように目を丸くする。
「え、いいけど……あっついから気をつけろよ?」
そう言って渡されたハットグを、架純はそのまま一口。
その瞬間、後ろのメンバーたちが一斉にざわめいた。
「ちょ、また間接キスしてんじゃん!」
「やっぱ付き合ってるんだって〜!」
「いや、あの2人学校でもモテモテだもんな……」
「釣り合いすぎて逆に何も言えねぇ……」
優太と架純はそんな声に気づかないのか、気づいていないふりなのか。
ただ淡々と歩きながら、屋台の並ぶ道を進んでいく。
「……思ってたより美味しいね。」
「だろ?俺の勘、当たったわ。」
淡々とした言葉のやり取りの中、どこかほんのりとした空気が漂っていた。
屋台通りの賑わいはますます増して、香ばしい匂いと人の声が混じり合う。
みんなそれぞれ気になる食べ物を手にして、笑いながら歩いていた。
「ねぇ見て!このスムージー、映える〜!」
紬が嬉しそうにカップを掲げると、昴が苦笑しながら「落とさないようにね」と言う。
「椿、その唐揚げめっちゃいい匂いする!」
「これ?ちょっと食べる?」
そんなやりとりが続く中、ふと誰かが言った。
「なぁ、優太と架純ってさ……付き合ってんの?」
その一言に、みんなの足が一瞬止まる。
「えっ……!」
紬が目を丸くし、希空がにやりと優太を見る。
「いやいや、あの間接キス2回目はもう確定だろ?」
「お似合いすぎて否定しても無駄だよ〜!」
「もう隠す意味ないっしょ!」
優太は慌てて「ち、違ぇって!」と頭をかきながら笑う。
架純は少し頬を赤らめながらも、冷静な口調で小さく返す。
「……ほんとに違うから。」
周りの女子たちは思わずクスクス笑う。
「架純ちゃん、照れてる〜!」
「完全に意識してるじゃん!」
すると架純がちらりと寧の方を見て、淡々と指摘する。
「……そう言えば、寧。希空さんと付き合ってんじゃないの?」
寧は「は!?ちょ、なんで俺!?」と顔を真っ赤にし、希空も「えっ、わ、わたし!?」と慌てる。
紬と椿は思わず笑いをこらえ、
「図星っぽい反応しちゃってる〜!」と囁いた。
優太は笑いながら
「確かにな!」と、
架純は唇の端を少し上げて小さくつぶやいた。
「……ほら、図星みたい。」
その瞬間も、二人はまるで何事もなかったかのように歩き続ける。
屋台通りの香ばしい匂いと笑い声が、また柔らかく賑やかに漂っていた。
屋台を歩きながら、ふと寧と希空の視線が重なった。
二人とも少し顔を赤らめ、視線を逸らす。
後ろを歩く優太と架純は、少し距離を詰めて小声で話す。
「見たか?」
「うん……だよね。」
架純は短くも返事をする
その様子を後ろから見ていた椿が、にこにこしながらぽつり。
「どっちのペアもいいな〜」
蓮は腕を組みながら、ちょっと羨ましそうにぼそり。
「俺も恋愛して〜」
一方、紬と昴は少し離れた屋台の前で話し込んでいた。
話しているうちに、いつの間にか手が自然と触れ合い、二人はそっと手を繋いでいた。
紬が慌てて小さな声で呟く。
「ごめんなさい……無意識で……」
昴はにこりと笑い、
「大丈夫です。自然なことですよ」と優しく答えた。
みんなは、それぞれの時間を楽しんでいた。
通りの空が少しずつオレンジ色に染まり始め、潮風がゆるやかに吹き抜けていく。
屋台の明かりもぽつぽつと灯り、昼間の賑わいが少しずつ落ち着いてきていた。
「……そろそろ帰りませんか?」
昴が時計を見ながら静かに言うと、紬が「あ、もう夕方だ!」と驚いたように声を上げる。
「ほんとだ、時間経つの早いな。」
蓮が伸びをしながら笑い、寧も「楽しいとあっという間だよな」と頷く。
「いっぱい歩いたし、ホテル戻ったらちょっと休もっか。」
希空が穏やかに言うと、女子たちも「そうだね〜!」と口を揃えた。
夕焼けの空の下、みんなで並んで歩く帰り道。
笑い声と、どこか名残惜しさが混じった空気の中、
それぞれの胸には今日の思い出が静かに刻まれていった。
ホテルに戻ると、ロビーには穏やかな音楽が流れていて、外の夜風が心地よく感じられた。
部屋に入ると、みんなそれぞれ荷物を置いて、ほっと一息。
ベッドの上で携帯を触っていた架純の指が、ふと止まる。
画面には「沖縄は星がとても綺麗に見える夜が多い」という記事。
〔……沖縄って星、綺麗らしいよ。〕
静かに呟いた声に、紬が顔を上げた。
「えっ、見たいです!」
「じゃあ、お風呂入ってから見に行こっか!」と椿が明るく言う。
「温泉ももう一回入りたい〜!」と希空も続き、すぐにみんなの気持ちはひとつになった。
温泉で一日の疲れを癒したあと、八人はホテルの外へ出た。
夜風が肌を撫で、空を見上げると、そこには思わず息を呑むような景色が広がっていた。
「……すご。」
最初に声を漏らしたのは蓮だった。
空一面に広がる星々が、まるで手を伸ばせば届きそうなくらい近く感じる。
「写真よりずっと綺麗だね。」と昴が少し感動したように言う。
「うん……本当に、綺麗。」架純も目を細め、静かに呟く。
その横で優太が空を見上げながら、ぽつりと「こんなに見えるもんなんだな」と笑った。
「ねぇ、あれ見て!星が流れた!」
紬の声に、みんなが一斉に空を見上げる。
小さな流れ星が夜空を横切り、椿が「願い事、間に合わなかった〜!」と笑い声を上げた。
風が少し吹いて、髪が揺れる。
波の音が遠くから聞こえて、静けさの中に心地よい音だけが響いていた。
そんな穏やかな時間の中、架純が小さく体を動かした瞬間、足元の段差に気づかずによろめいた。
「ヤバっ、……」
すぐに優太が手を伸ばし、彼女の腕を掴んで支える。
距離が一瞬で近づき、二人の間に静かな空気が流れる。
「……大丈夫か。」
短く言う優太の声が、夜の静けさの中で妙に優しく響いた。
架純は一瞬だけ視線を逸らしながら、小さく「別に、……ありがと」と呟く。
その光景を見た蓮がすかさず笑う。
「おーおー、優太と架純、もう見てらんねぇな!」
「だよね!両想いなのに〜!」と紬が嬉しそうに声を重ねる。
「……うるさい。」
架純が軽く睨むように言うけれど、頬はほんのり赤い。
優太も「はいはい」と苦笑しながら、耳を掻いた。
その後もしばらく、みんなで星を眺めた。
流れ星を探したり、くだらないことで笑い合ったり。
寧が「こういうの、いいよな」と小さく言うと、誰もが自然と頷いた。
ホテルに戻る頃には、夜風が少し冷たくなっていて、心地よい疲れが体を包んでいた。
広いベッドにそれぞれ潜り込みながら、静かな夜が流れていく。
「なぁ、明日BBQしよーぜ。」
寧の声に、紬が「さんせーい!」と元気に返す。
「決まりだな。」
優太の笑い声が響き、みんなも自然と笑みを浮かべた。
窓の外には、まだ消えきらない星がいくつも瞬いていた。
やがて照明が落とされ、部屋の中は静かな夜に包まれる。
みんなそれぞれの位置に潜り込み、布団の中から小さな笑い声が漏れた。
「おやすみ〜」
「……うん、おやすみ。」
そんなやり取りを最後に、部屋の中は穏やかな寝息で満たされていく。
──けれど、しばらく経つと案の定。
「……むにゃ、場所狭い……」
蓮が寝ぼけたように呟いたかと思えば、勢いよく寝返りを打って隣の寧を蹴り落とす。
「いって……!おい蓮!」
低い声が聞こえるが、本人はまったく起きる気配がない。
その隣では、優太と紬も同じように動いていて、気づけば布団の境界線は完全に崩壊していた。
希空と椿が「もう……」と苦笑しながら少し場所をずらし、昴も静かにため息をつく。
夜の間に、8人分の位置はすっかりごちゃ混ぜ。
腕が重なったり、布団が絡まったり、まるで巨大なパズルのように入り乱れていた。
──そして朝。
外はうっすらと明るくなり、カーテンの隙間から朝日が差し込む。
鳥の声が遠くで響き、波の音がゆるやかに聞こえてくる。
最初に目を覚ましたのは、やはり架純だった。
ぼんやりと目を開け、視界に入ってきたのは──すぐ隣で静かに寝ている優太の顔。
一瞬、呼吸が止まる。
……また?
昨日と同じように、偶然にも優太が隣に移動してきていた。
寝相悪いにもほどがある……そう思いながらも、架純はそっと視線を逸らす。
ほんの少しだけ頬が熱くなっていることに、自分でも気づいていた。
ベッドから静かに抜け出し、窓際のテーブルに座って携帯を開く。
外の光が柔らかく差し込み、画面の明かりがほんのりと架純の顔を照らした。
指先が止まるたびに、ふと昨日の夜のこと──星空の下での出来事が頭をよぎる。
〔……また、隣か。〕
心の中でそう呟いて、そっとため息をつく。
けれどその唇には、誰にも気づかれないほど小さな笑みが浮かんでいた。
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