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27 ◇非現実的な話
「ンもう、いいや! そうよね、おかしいわよね。
誰が考えたって私の立場で蓮さんの辛い過去の話をあなたにするなんて、
絶対おかしいわよね。
あなたと蓮さんを引き離すためなどでは絶対ないから。
いいや、違ーう。
やっぱり引き離すってことになるのかも」
住職の奥さんは自分の中にある何か葛藤と戦っているふうにも見えた。
閃いた……突然私は閃いてしまった。
悲しくなった。
「もしかして、蓮さんから頼まれたのでは?」
「えーっ、あーっ、うーっぅぅぅぅっいやっ……」
図星のようだ。
「私、今日はこれで失礼します」
私は苦し気に呟いている奥さんを残し、蓮さんの帰りを待たずに
切なく悲しい気持ちで、庭園の小道を挟むようにして木々の合間に
色とりどりに咲き誇っている紫、薄紫、桃色、水色の紫陽花を通り抜け
お寺を後にした。
蓮さん、ね……どういうこと
今日のことはどういう意味?
私との未来はないってこと?
あまりに非現実的な話を聞かされた私は錯乱していて、正常な判断が
出来ぬまま家に泣き帰った。
◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま、帰りました」
「あぁ、蓮さんお帰りなさい」
「その様子だと、彼女驚いて帰ってしまったのでしょうね?」
「私ぃ、話と言うか説明が下手だから。
蓮さん頼む相手を間違えたと思うわよ?」
「いや、小夜さんが適任ですよ。
ほんとは彼女と深い仲になる前に話しておかないといけなかった話なんです。
私が臆病なばかりに延び延びになってしまって、あげくに小夜さんに
お願いしないと彼女に自分の過去も話せないヘタレ野郎です。
お世話掛けてすみませんでした。
これで少しすっきりしました」
「ねぇ、あなたはすっきりしたかもしれないけれど、何だか眞奈さんが
可哀そうよ。
前科ったって、ことがことなんだから、そんなに気に病まなくてもって
私は思うのよ?」
「いえ、世間はそんなに甘いものじゃないですから。
私はたまたま住職と遠い縁戚だったことで情けをいただき
こちらに落ち着かせていただいて普通の日常を送らせていただいておりますが、普通に
何の伝手もなく社会に出れば、ただの前科持ちですからね」
そっか、そうだな。
眞奈は俺に会わずに帰ってしまった。
これで良かったんだ、ひとときの儚い夢だったと諦めろ、蓮よ。
28 ◇ 一輪の花
飄々と咲いていた一輪の花が、瑞々しさを加えてこれでもかと
言わんばかりに凛々しく咲き誇っていたのに、今では萎れてしまって今にも
枯れてしまいそな風情で咲いている。
あれから10日余り。見てられないほどだわね。
人の恋路……こればっかりは、歯がゆいけれどどうしてあげることも
できないのよね。
私の話が下手糞なばかりに、ごめんね蓮さん。
私にできるのは、せめておいしい食事を作ることくらいなんだけど
ここのところ蓮さんの食が進んでなくて、とても心配。
あれから眞奈さんからの連絡もないみたいだし。
人のこと、言えた義理じゃないけどやっぱり前科があるって
愛だけじゃ乗り越えられないモノなの?
私だったら、この両手で蓮さんを受け止めてあげるのに……などと、
夫のいることをつい忘れて私はそんなふうに考えたりした。
夫が知ったら離縁されるかも。
それでもって蓮さんが知ったら、気持ち悪がられるかも。
◇ ◇ ◇ ◇
久しぶりに訪れたお寺には、恋しい蓮さんの姿があった。
見つけた……そしてほっとした。
私は蓮さんのいるところまで、そーっとそーっと近づいていった。
住居の広縁を上がり部屋の中へと歩を進め射程内に蓮さんを捉え
何やら瞑想中の蓮さんの背中にしがみ付いた。
こんなことして、ここが外国だったら射殺されてたかも、だね。
そんなつまんないことを頭で考えながら一生懸命彼の背中にしがみついた。
蓮さんはすぐには何も言葉を発しなかった。
わっとか、えっとか、ひと言も。
なのに、なのに、しがみついたのが誰かもしれないのに、振り払おうとも
せず、『眞奈』って呟いた。
私じゃなかったら大恥かくとこだよ蓮さんったら。
「私ぃ、蓮さんから離れないから。
絶対ぜったい離れないからね。
今日はね、これを宣言しに来たの。
蓮さんの悲しみを私に分けて。
蓮さんが私の悲しみを分かち合ってくれたように」
「眞奈、私は怖い人間なんだ」
29 ◇知ってる
「私知ってる」
「……」
「蓮さんはやさしい人だわ」
「何聞いてたんだ。話、聞いたろ?」
「聞きました。
いろいろとショックだった。
蓮さんの意図が読めなくて。
だけど蓮さんの意図なんてもどうでもいいわよ。
私の……自分の気持ちが大事。
私はこれからも蓮さんの側にいるって決めたの。
離れないから」
「俺は盛大に暴力を振るえる人間なんだよ。
自分でもあんな狂気が自分の中にあったなんて、今でも信じられないがね。
俺がゴルフのドライバーで渾身の力を込めて何度も打ち付けた相手、
どうなったと思う?」
❍29-2
「……」
「片方の目は失明して、顔面を酷く損傷、前歯欠損。
脚で蹴り上げた急所は折れて重症。
もう子供は望めないだろうという話だった。
俺は凶暴でおそろしい人間なんだ。
警察の来るのが後少し遅かったら妻にだって手をかけていたかもしれない。
自分が恐ろしいよ」
話すと当時のことが蘇るのかもしれなくて、蓮さんの声は少し
震えて聞こえてきた。
一番傷ついていたのは紛れもなく蓮さんだ。
一番苦しいのも蓮さんだ。
私は苦悩する蓮さんの姿に、元奥さんのことを憎いと思った。
これは嫉妬と呼ばれる感情なのかもしれない。
「蓮さんっ、過去を忘れることはできないし、なかったことにはできないけど、私と
いっしょにこの先は楽しいことを増やしていきましょうよ」
私はもっともっと、蓮さんを慰め励ましたかったけれど
上手い言葉が見つからなくてそんな自分の言語力のなさがもどかしかった。
私たちの間に結婚の2文字は出なかったけれど、私はただ蓮さんの
側にいられるだけで良かった。
コメント
1件
第10話、読み終えました。蓮さんの過去が明かされる展開、すごく胸に響きました。「離れないから」と背中にしがみつく眞奈さんの強さに、こちらまでぐっときましたよ。蓮さんの震える声の描写が切なくて、でも最後にふたりの間に温かい空気が流れたのが救いでした。設楽さんの心理描写、いつも繊細で大好きです。続きが気になりますね。