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猫がアリアの腕の中で
ようやく落ち着きを取り戻すと
それまで緊張で張り詰めていた空気が
ゆっくりと解けた。
全員が同時に安堵の息を漏らし
ようやく空気に温度が戻ったようだった。
「⋯⋯不思議な猫だとは
思ってましたが⋯⋯
まさかの転生者、でしたか」
時也は
アリアの腕の中に納まった白猫の背を
優しく撫でながら微笑んだ。
その猫は
さっきまでの暴れようが
嘘のように静かに目を閉じ
まるで幼子のように
アリアの胸に顔を埋めていた。
アリアの頬に刻まれた傷も
時也の引っ掻かれた腕も
ゆっくりと塞がっていく。
白猫に触れる指先は
血の跡を忘れさせるほど柔らかかった。
「あー、びっくりした!
前世は⋯⋯お友達だったんですね」
レイチェルが息をつきながら微笑むと
隣のソーレンが腕を組んで眉を顰めた。
「ソイツ、前世でも猫だったのか?」
その問いに
アリアは無言のまま
視線を時也に向けた。
それを受け取った時也が
静かに頷きながら代弁する。
「⋯⋯いえ、人間だったそうですね。
雪のように美しい白い髪と
蒼い瞳だったと」
「今世では、人間ではなく
猫として生まれ変わったのですな」
青龍が静かに言葉を継ぐと
ソーレンは「へぇ」と短く息を吐き
ようやく納得したように肩の力を抜いた。
リビングの空気は穏やかさを取り戻し
再び時也がアリアを見た。
「⋯⋯アリアさん
彼女のお名前は、どういたします?」
小さな沈黙の後
アリアは静かに言葉を口にした。
「⋯⋯今世でも、ティアナと呼ぼう」
その名を聞いた猫は
ふるりと尾を揺らし
アリアの腕の中で満足そうに目を閉じた。
「わかりました。
では、僕は開店直後の静かなうちに
ティアナさんの必需品を揃えて参ります。
アリアさんのご友人に
窮屈な想いはさせられませんからね」
そう言って立ち上がる時也の口元には
柔らかな笑みが浮かんでいた。
「ソーレンさん、レイチェルさん
お店をお願いいたします」
そう告げると
時也は血と爪痕で
ボロボロになった着物を見下ろし
少しばかり困ったように眉を寄せる。
「⋯⋯その前に、着替えてきますね」
音も立てず
階段を上がっていく後ろ姿を見送りながら
レイチェルが明るく笑った。
「ふふ!これから、家族だね!」
「猫の転生者って⋯⋯戦えんのかよ?」
不審げに眉を顰めたソーレンが
ティアナに向かって指を差し出す。
その瞬間──
ガブッ!!
「っっつぁあああっ!?
お前、遠慮ってもんが──ッ!!」
ソーレンの指に喰らいついたティアナは
目も開けず、本気で噛み付いていた。
ギリギリと牙が食い込む音に
レイチェルが顔を引き攣らせながら笑う。
「⋯⋯戦える
ってことで良いんじゃないかな?」
⸻
時也は
二階から軽やかな足音で階段を降りると
リビングの様子を一瞥した。
ソファではアリアが静かに座り
白猫──ティアナを膝の上に乗せている。
その小さな身体を撫でる指は柔らかく
まるで過去の断絶を確かめるような
静かな慈しみに満ちていた。
「では、僕は買い物に行って参ります。
レイチェルさん
アリアさんの
お着替えを用意しておきましたので
どうかよろしくお願いいたします」
キッチンで洗い物を終えていたレイチェルが、手を拭きながら振り返った。
「はーい!
気を付けて、行ってらっしゃい!」
時也は軽く会釈しながら
アリアとティアナを一瞥した。
アリアの深紅の瞳と
ティアナの蒼の瞳が
静かに重なっている様に
ふっと微笑んでから
時也は玄関を後にした。
⸻
街の中でも比較的新しいペットショップ。
硝子の自動扉が開くと
鈴のような音と共に
温かな室内と
小動物達の声が飛び込んできた。
犬猫の鳴き声、鳥のさえずり
観賞魚の水音、ふわりと漂う牧草の匂い。
(⋯⋯猫用品、こんなにあるんですね)
目の前に広がる
カラフルな棚と商品群を見て
時也は一歩も動けずに立ち尽くしていた。
すると、奥から明るい声が届く。
「こんにちは!」
笑顔のまま駆け寄ってきたのは
20代半ばほどの女性店員だった。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「あ⋯⋯実は、野良猫を保護しまして⋯⋯
必要な物を、一から揃えようと思いまして」
「あっ、それは素晴らしいですね!
ありがとうございます!」
店員は笑顔をさらに広げて、一礼した。
「まずは、ご飯用の器と水入れですね。
セラミックのものや
滑りにくい素材のものがオススメですよ。
あとは、トイレと猫砂。
それから、ケージか寝床もあると安心です」
次々に指を折りながら
店員は丁寧に説明していく。
「ご飯も最初は
お腹に優しいウェットタイプから
始めるのが無難です。
おやつもありますが
最初は環境に慣れてからの方が良いですね」
時也は頷きながら
忘れないようにメモを取り始めた。
「あとですね
できれば一度、動物病院に
連れて行ってあげてください。
ワクチンや健康チェック
ノミ・ダニの駆除
それと、マイクロチップの確認なども
大切です」
「⋯⋯なるほど、勉強になります。
ありがとうございます」
「いえいえ
こちらこそありがとうございます!
その子が素敵な家族と出会えて
本当に良かった」
店員の温かな言葉に
時也は自然と微笑みながら深く一礼した。
そして
山のように用意された
ティアナのための品々に目を向けた。
彼女の新しい命での一歩に
ふさわしい生活が
今始まろうとしていることに
時也の胸も温かくなるようだった。