2025.11.18
BABEL休暇を頂いていました。
凄過ぎて語彙力なくなりました…
お待たせしました、今日から通常営業です。
黄昏時、街の屋根の上を夕陽が赤く染めていた。
その光を押し返すように、街の外れからじわじわと黒い靄が流れ込んでくる。
瘴気――。
結界に守られた街ではあるが、近頃その勢いが強まっていることを、人々も薄々感じ取っていた。
薬師の家の前に、再び列ができていた。
顔色の悪い大人や、熱に浮かされた子供を抱えた親。
みな不安げな表情で、救いを求めるように藤澤のもとを訪れていた。
「藤澤先生、お願いします……!」
「薬を、どうか……!」
藤澤は笑みを絶やさず、一人ひとりを丁寧に迎え入れる。
「大丈夫、大丈夫。焦らなくていいから、順番にね。」
小さな手に薬瓶を握らせ、背中をそっと撫でる。
その声は、まるで春風のように柔らかく、怯えた心を少しずつほぐしていった。
けれど、その胸中に小さな違和感が芽生え始めていた。
――同じ症状の人が増えている。
咳、頭痛、発熱……。
薬を飲めば一時的に落ち着くが、数日もすればまた顔を出す。
藤澤は、棚に残る薬瓶の数を見てそっと息を吐いた。
「……これは、ただの風邪なんかじゃない。」
夜。
結界の塔の上で、大森が歌声を響かせていた。
彼の声に呼応して、五線譜の光が空に広がり、瘴気を押し返していく。
しかし、その力も以前より弱まっていることを、彼自身が一番よく知っていた。
「……結界が薄くなってる気がする。」
独り言のように呟いたその声は、冷たい夜風に消えていく。
ふと視線を下ろすと、街の一角からかすかに黒い靄が漏れていた。
「……瘴気が……中に?」
胸にざわめきが走る。
塔を降りると、すぐに若井のもとへ駆けた。
「瘴気が、街に入り込んでる?」
若井は剣を壁に立て掛け、険しい表情で耳を傾けていた。
「結界は張り直してる。でも……追いつかないんだ。」
大森の声には焦りが滲む。
若井はしばし黙考し、低く答えた。
「となると……瘴気自体が強まってるんだろうな。街の外で、何かが起きてる。」
ふと、外から咳き込む声が聞こえた。
窓の外では、藤澤が子供を背負った母親を自分の家へと運んでいた。
若井と大森は顔を見合わせる。
――この街を、守らなければ。
その夜。
薬師の家の前で、薬を受け取った男が呟いた。
「これを飲むと、たしかに楽になる……でも、またすぐ苦しくなるんだ。」
藤澤は静かに頷いた。
「……僕の薬では、瘴気による症状は完全には治せないんだ」
夜空を仰ぐと、星々の間を縫うように黒い靄が街へと伸びている。
人々を救いたい。
だが、この手にあるのは一時しのぎの薬だけ。
――どうすれば、本当に救えるんだ。
胸に刺さる無力感を噛みしめながら、藤澤は薬棚の扉を強く閉じた。
翌朝。
市場の片隅で、子供たちが遊ぶ声がした。
「もっくん!きのうも歌ってたね!」
「涼ちゃん、ぼくもう元気だよ!」
「ひろぱ、また剣の練習見せて!」
笑顔と呼び声に、3人は応える。
だがその背後で、街の大人たちは囁き合っていた。
「最近、病が流行ってる……」
「守護神たちがいるはずなのに……」
「守護神は本当に我らを守っているのか?」
そんな声が一部でささやかれ、小さな不安が人々の間に広がっていく。
ただ一つ確かなのは、十年続いた平和の均衡が、静かに揺らぎ始めているということだった。
夜空には琥珀色の月が浮かんでいた。
その光を裂くように、黒い影は塔の屋根に立ち、静かに街を見下ろしていた。
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