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理人がこめかみを押さえて頭を抱えていると、東雲が宥めるような苦笑いを浮かべて口を開いた。
「あはは……まぁまぁ、理人さん。そんなに目くじら立てないでくださいよ。ほんっと、思い込みだけは一級品ですけど、大吾は悪い奴じゃないんで。きっと、『初恋の君』に久しぶりに会えてテンションが上がってたんですよ」
「……初恋の、なんだって?」
予想外すぎる単語の出現に、理人は不快そうに眉を顰めて聞き返した。すると、東雲は待ってましたと言わんばかりに、悪戯っぽく口角を上げる。
「こいつ、ずっと言ってたんです。忘れられない初恋の君がいるって……。男を磨いて、いつかそいつを見返してやるんだって」
確かに以前、間宮が酔った勢いか何かでそんな青臭い台詞を吐いていた記憶が、理人の脳裏を微かにかすめた。しかし、今のこの男の体たらくを見る限り、努力の方向が盛大に迷走しているとしか思えない。
「いやぁ、まさかその『初恋の君』が鬼塚さんだとは思いませんでしたけどねぇ。鬼塚さん、本当にモテモテじゃないですか」
にっこりと、花の咲くような笑顔で追い打ちをかける東雲に、理人は氷のように冷ややかな、胡乱げな眼差しを向けた。
「……あまり、嬉しくはないがな」
理人にとっては正直、これ以上ないほど迷惑で不名誉な話題だ。
「こほん……! まぁ、その話はいい! 明日の対策を詰めるぞ」
さすがに居たたまれなくなったのか、間宮は耳まで赤くしながら、これ以上なく不自然な調子で話を切り替えた。 確かに、こんな男の妄想に付き合っている暇はない。理人も思考のスイッチを切り替え、姿勢を正して二人の方へと向き直った。
「まず、今回の作戦の目的は相手の会話を録音し、ひき逃げ事件の事実確認と裏付けを行うことです。出来れば現行犯で押さえたいところですが、相手がそう都合よく喋ってくれるかどうか……」
東雲が冷静にタブレットの資料を指し示しながら言うと、間宮が使い慣れた手つきでノートパソコンを操作し始めた。画面には朝倉が密会に指定したという老舗ホテルのホームページと、その内部の見取り図が映し出される。
「会合に利用されると思われるホテルは、既にこちらの手が回っている。集合時間と部屋の番号も、裏から確認済みだ」
間宮の鋭い目付きが、画面上の特定の客室を射抜いた。理人は短く頷き、画面に表示された複雑な配線図や構造を食い入るように見つめる。
「指定の部屋には、既に数台の超小型カメラと盗聴器を仕掛けてある。死角はないはずだ」
「……おい、一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
間宮はタイピングの手を止めず、視線だけを理人に向けた。
「随分と大掛かりなことになっているが……本当に大丈夫なのか? 越権行為で足元を掬われたりしねぇだろうな」
理人の懸念に対し、間宮は迷いのない、はっきりとした口調で応じた。
「問題ない。今回の主眼は朝倉個人ではなく、背後にいるひき逃げ犯だ。上にも話は通してあるし、何よりこれは我々警察の任務だ。……お前が気に病む必要はない」
まっすぐ理人の目を見て言い切る間宮の瞳には、先ほどまでの醜態は微塵も残っていない。変な奴ではあるが、窮地において頼りになるのは、やはりこうしたプロの矜持を持つ男なのだと理人は改めて感心した。
「……そうか。それなら、これも使え」
理人は胸ポケットから指先ほどの小さな黒いケースを取り出すと、テーブルの上にことりと置いた。
「なんだそれは?」
「新型の盗聴器だ。……正確には『広帯域電波ジャック装置』。近くの無線やインカムの周波数を乗っ取り、こちらの指示を偽装して流し込める。実戦投入はまだだが……お前ら警察の現場なら、使い道があるはずだ」
「……!」
間宮の目が、獲物を狙う鷹のように鋭く光った。器用に手のひらでケースを転がしながら、その感触を確かめるように親指で表面をなぞる。
「面白い。これが成功すれば、奴らの連携を内側から崩して一気に混乱させられるな」
「へぇ……。そんな危ういものまで作れちゃうんですか? さっすが鬼塚さん、目の付け所が違うなぁ」
東雲がその一つを指先でつまみ上げ、精密機械の美しさに感心しきった溜息を漏らした。
「ちょうど新商品の開発時期でな。通信プロトコルの脆弱性を調べていたついでだ。……だが、使えるかどうかは保証しねぇぞ。まだ一度も実地で試したことがない初期の試作品だ。扱いは任せる」
「ハハッ、上等だ。何事にもリスクはつきものってね。いいだろう、気に入った。責任は俺が持つ」
間宮は自信満々にそう言って、不敵な笑みを浮かべた。その鋭い眼光は、先程まで浮気だの初恋だのと騒いでいた男とは別人のようで、理人も思わず(……これでも刑事か)と内心で感心する。
――だが、その直後。
「よし、じゃあ今すぐ試してみるか! これはどうやって起動させるんだ?」
間宮が「刑事の顔」のまま、こともなげに装置のスイッチへ指を伸ばした。
「おい、馬鹿! やめろ!!」
理人は椅子を蹴るような勢いで身を乗り出し、間宮の手首をひっ掴んだ。
「ここをどこだと思ってる、ファミレスだぞ! 下手すりゃ近隣一帯のWi-Fiも店内のオーダーシステムも全部ぶち壊す気か!」
「え、だって実戦は明日だろ? 動作確認は早い方がいいに決まって……」
「俺は『試作機』だっつっただろうが! 出力の制御もまだ甘いんだ。こんな公共の場でぶっ放すんじゃねぇ!!」
理人が顔を真っ赤にして声を荒げる横で、東雲は今度こそ耐えきれずに腹を抱えて笑い転げていた。
「ははっ……! ダメだ、やっぱり大吾は最高に面白いなぁ……!」