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「……お前な」


慣れない雪道を滑りながらつまずきながら走りに走って、篠崎と由樹は雪が降り積もる公園でやっと足を止めた。


「一人で乗り込むなよ。危ねぇだろ」


荒い息を繰り返しながらはるか遠くに見える工場を振り返る。


追手はいない。


それどころか、人っ子一人、人間がいない。



「こんだけ離れれば、とりあえずは……ふっ…」


何かを言いかけた篠崎が由樹を見下ろして吹き出す。


「え、なんですか?」

「お前、そんなナリで、よく寒くねぇな」


慌てて見下ろすと、ボタンを外されたままの上半身が目に入った。


「……っ!!」


慌ててボタンを留める。

「ふっ。くくくく」


篠崎が笑いながら、ボタンを下から留め手伝ってくれる。


「笑い事じゃないですよ……」


由樹は口を窄めた。


「……いや、笑い事だよ」


ボタンを留め終わった篠崎は、由樹の頭に手を置いた。


「今日は笑って、んで今度こそ、忘れろ」


「…………」


由樹は思わず、篠崎の顔を見上げた。


背丈は同じくらいなのに、坪沼と全く違う篠崎を、いつもは照れてしまい直視できなかった彼を、じっと見つめた。


そして、


「はい」


と頷いて微笑んだ。





「……なあ、新谷」


二人は雪をはらったベンチに並んで座り、積もった雪でどこからどこまでが公園かわからない、ただ白い景色を眺めていた。


「はい?」


「東北ってさ。雪しかねえの?」


その言葉に吹き出す。


「どうやらそのようですね」


「そう言えば、お前の名前もユキだよな」


篠崎が前を見たままで脚を組みかえながら言う。


「え、そうでしたっけ」


「そうだよ。由樹」


「……っ。名前で呼ぶのやめてもらっていいですか。心臓がもたないんで」


篠崎がこちらを見下ろした。


それに合わせて由樹も、彼を見上げた。


「お前な。俺のこと好きなら初めからそう言えよ」


「……すみません。嫌がるかと思って」


言うと篠崎はベンチの背もたれに両腕を引っかけてため息をついた。


「俺もなんかいろいろ考えすぎてたわ」


言いながら、青く晴れた空を見上げる。


「何も考えないで、この雪みたいにさ、真っ白な状態で、伝えればよかったんだよな」


由樹は空を見上げながら瞬きを繰り返す彼の瞳を見つめた。


勢いをつけるように篠崎は頭を戻すと、由樹に向き直った。


「お前が……好きだよ」


すでに喉元まで這いあがってきた心臓をぎゅっと鷲掴みされ、由樹は前かがみになった。


「お前の過去も、今のお前も、未来のお前も、ついでにお前の母ちゃんも」


「…………」


「全部まるっと幸せにしてやるから……。俺を選べよ。新谷」


「……っ!!」


心臓が飛び出さないように口を両手で抑える。


由樹の目から涙が零れ落ちた。


「泣くなよ。馬鹿だな」


篠崎の大きな手が由樹の顔を包み込む。

唇が近づいてくる。


「……ちょっと、待ってください」


「どうした。この後に及んで」


ピクリと篠崎の眉が上がる。


「心臓、一旦、飲み込むんで……」


ふっと彼の唇が笑う。


「何だそれ。おっかねぇな、おい」


優しくその手を剥がすと、由樹の唇に、篠崎のそれが重なった。


「……冷て」


篠崎が笑う。


「秋田の人たちは、いつもこんな冷たいキスしてんですね」


由樹も笑う。


「……すぐに熱くしてやるよ」


篠崎は由樹を抱きしめ、深く舌を挿し入れた。




「……しかし、あれだな」


散々唇を合わせた後、篠崎は再びベンチに凭れかかった。


「俺、千晶ちゃんに土下座しなきゃいけねえな」

「え、千晶に?なんでですか?」

「なんでって……これ、略奪愛だろ。彼女いんのに」


新谷はポカンと篠崎の顔を見つめ、そして「ああ」と小さく呟いた。


「なんだよ?」


「俺、実は…………です」


視線を逸らしながら、新谷は呟くように言った。

「は?聞こえねぇ」

「あの、実は」

新谷がまっすぐこちらを向く。


「実は、3ヶ月前に別れたんです。千晶とは」


「……はあ?」


思わず前のめりになって、その襟首を掴む。


「なんだそりゃ」

「あはは、そう言えば言ってなかったすね」

新谷が苦笑いをする。


「だって。じゃあ、なんで……」

「え?」

「展示場で、お前、結婚するって言ってただろ。俺の客のガキと遊びながら」

「……ああ。あはは」

新谷はますます目を逸らしながら言った。


「あの、篠崎さん?」

「あ?」

「紫雨リーダーって足音立てないんすよ。知ってます?」

「……お前、何あいつの話で誤魔化そうとしてんだよ……」

「あ、違うんです。最後まで聞いて」

新谷が焦って、両の掌をこちらに向ける。

「んで、リーダーがいつの間にか近づいてくるってことが日常的にあるもんで」

「?」

「めちゃくちゃ耳を澄ますのが癖になってしまいまして……」


おそるおそると言うように、彼の目が篠崎を見上げる。


「……つまりあのとき展示場で、俺の足音が聞こえたと」

「……はい」

「俺が聞いてるのをわかっていて、わざと言ったと」

「……はい」

「……………」


篠崎は反笑いで顔をひきつらせた新谷の顔を睨んだ。


「やるじゃねえか。お前」


「……お、おあいこですよ!」


新谷は少しふんぞり返っていった。


「篠崎さんだって、結婚するって嘘ついたじゃないですか」


「あれは……」

篠崎は弁明しようとして開けた口を閉じた。


「ん?」


「な、なんですか?」

「お前、嘘だっていつ気づいた?」

「あ………」

新谷が口を抑える。


「……手紙か?」


口を抑えたままの新谷が観念したようにコクンと首を縦に振った。


「2枚目も読んだのか?」


コクン。


「最後まで?」


コクン。


「…………」


篠崎は新谷の襟元から手を放し、またベンチに凭れかかった。


「何だよ、お前。そんなわかってたなら、しかも別れてたなら、遠回りせずにぶつかって来いよ」


新谷はやっとその口から手を放し、篠崎を見つめた。


「だって千晶が、本気で落とすならタイミングを見なきゃって言うんで」


「グルか。あの女」

言いながら篠崎は身体を起こした。


「馬鹿だな、お前も千晶ちゃんも」


篠崎は再び新谷の顔を両手で包んだ。


「とっくに落ちてたっつーの」


「…………ッ!!」


秋田の-3度の気温にも負けずに、新谷の顔が真っ赤に染まる。


篠崎はそれに微笑みながら、もう一度唇を合わせた。



一度でいいので…

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