テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
翌朝、雨は上がっていたが、部屋の中には昨夜の湿り気がそのまま残っているようだった。
結局、リオは一睡もできなかった。
左右から伝わる二人の重みと体温に、心臓がずっと警鐘を鳴らし続けていたからだ。
朝食の支度をするために無理やりベッドを抜け出したものの、キッチンに立つ背中には、やはり二人の視線が突き刺さる。
ア「……ねえ、リオ。そんなに無理して笑わなくていいよ」
背後から声をかけたのはアンシンだった。彼はカウンターに肘をつき、どこか寂しげな瞳でリオを見つめている。
リ「無理なんてしてないよ。さあ、早く食べて。大学に遅れるよ」
ア「無理してるよ。僕たちのこと、避けてるでしょ? ……昨日の夜からずっと」
アンシンの言葉に、隣でコーヒーを飲んでいたサンウォンが静かにカップを置いた。
サ「仕方ないよ、アンシン。リオにとっては、僕たちはいつまでも『可哀想な拾い子』なんだから。……恩返しをしたいと思っている僕たちの気持ちなんて、重いだけなんだ」
サンウォンの淡々とした、けれど自嘲気味なトーンに、リオの手が止まる。
その言い方は、リオの一番弱い部分_「彼らを孤独から救った責任」を正確に射抜いていた。
リ「そんな風に思ってない! 俺は、二人が立派に育ってくれて、本当に嬉しいんだ」
サ「だったら、どうしてそんなに怯えた顔をするの?」
サンウォンが立ち上がり、リオとの距離を詰める。リオは思わず後退りしたが、すぐ後ろは流し台で逃げ場がない。
サ「僕たちは、あの日死んでいたはずの命をリオにもらった。……リオがいない世界なんて、僕たちには価値がないんだ。それなのに、大人になったら『親子ごっこ』は終わり、なんて突き放されるのは……死ぬより辛い」
サンウォンの瞳に、かすかな熱い膜が張る。
それを見た瞬間、リオの胸は締め付けられた。
自分が彼らに居場所を与え、愛を教えた。
その愛が、今や彼らにとってのすべてになってしまっている。
リ「サンウォン、僕は突き放すつもりなんて……」
サ「じゃあ、証明してよ」
今度はアンシンが、反対側からリオの腕を優しく、けれど拒絶を許さない力で掴んだ。
ア「僕たちがどれだけリオを大切に思っているか、ちゃんと受け止めて。……ねえ、リオ。今日は大学、休むから。もっと近くで、僕たちを見て?」
アンシンがリオの手をとり、自分の胸へと導く。そこでは、若く、力強い鼓動が、驚くほど速く打ち鳴らされていた。
ア「これ、リオが育てた心臓だよ。……どうしてほしいか、わかるでしょ?」
二人の視線が、リオを絡めとる。
「可哀想な子」を愛したはずのリオの善意は、いつの間にか、二人という名の巨大な執着に飲み込まれようとしていた。
アンシンがリオの手を自分の胸に押し当てたまま、さらに距離を詰める。トク、トクと、早鐘を打つ鼓動がリオの指先から脳裏にまで響いてくる。
リ「アンシン、落ち着いて。……君たちが僕を大切に思ってくれているのは、よくわかったから」
サ「わかってないよ。リオはいつもそうやって、綺麗にまとめようとする」
サンウォンが冷たく、けれど切実な声を被せた。
サ「あの日、木の下で震えていた僕たちを抱きしめてくれたみたいに、今の僕たちも受け入れてよ。……ねえ、リオ。昔みたいに、三人で一緒にお風呂に入ろう?」
その言葉に、リオは息を呑んだ。
リ「お風呂なんて……。もう、君たちは子供じゃないんだ。体だって、こんなに大きくなって……」
サ「そうだよ。大きくなった。でも、僕たちの根っこはあの雨の日のままだ。……リオがいないと、凍えて死んでしまう子供のままなんだよ」
サンウォンがリオの頬を優しく撫でる。
その指先は驚くほど繊細で、だからこそ拒絶すれば彼を傷つけてしまうのではないかという錯覚を抱かせる。
ア「いいよね、リオ? 一緒に入って、僕たちの体を洗ってよ。昔みたいに……。それとも、僕たちの体が『男』に変わったから、もう汚いものとしてしか見られない?」
アンシンが、わざとらしく傷ついたように声を震わせ、リオの肩に顔を埋めた。リオの首筋に、アンシンの熱い鼻先が触れる。
リ「そんなこと、あるわけないだろう! 君たちは僕の……」
サ「なら、いいでしょ? 親子なんだから」
サンウォンが、リオの耳元で逃げ場を塞ぐように囁いた。
サ「それとも、一緒に入るのが怖いのは……僕たちのことを『息子』としてじゃなく、一人の『男』として意識してるから?」
その指摘に、リオの心臓が跳ねた。
図星だった。
二人の視線が、指先が、言葉が、あまりに雄弁に自分を求めてくるから。
それを意識しないことなど、もう不可能に近い。
リ「……っ、わかった。わかったから。……準備してくるよ」
リオは逃げるように視線を逸らし、脱衣所へと向かった。
背後で、サンウォンとアンシンが静かに、けれど確実に勝利を確信した視線を交わしたことにも気づかずに。
湯気のこもった狭い浴室で、大人になった二人の「男」と向き合う。
それがどれほど危険なことか、リオはまだ本当の意味で理解していなかった。
浴室に満ちる真っ白な湯気が、視界を曖昧にさせる。
かつては三人で入っても余裕があったはずの空間が、今は息苦しいほどに狭く感じられた。
リオは視線を泳がせながら、先に洗い場に座った二人の背中を見つめる。
12歳の頃、あばら骨が浮き出るほど痩せていた背中は、今や厚みのある逞しい「男」のそれへと変貌していた。
ア「……リオ、何してるの? 早くこっちに来てよ」
アンシンが振り返り、濡れた髪をかき上げながら屈託のない笑みを浮かべる。
けれどその視線は、服を脱ぐことを躊躇っているリオの指先に、じっと固定されていた。
リ「……やっぱり、無理があるよ。二人とも、もうこんなに大きいんだし、僕が洗う必要なんて……」
サ「またそうやって逃げるんだ」
サンウォンが静かに、けれど棘のある声で遮った。彼は鏡越しにリオを射抜くような瞳で見つめている。
「あの日、僕たちの汚れを泣きながら落としてくれたのはリオだった。 ……あの時、リオは『これからは僕がずっと綺麗にしてあげるからね』って言ったんだよ。あれは嘘だったの?」
リ「嘘じゃない、けど……!」
サ「だったら、約束を守って。……僕たちはあの時から、リオの手でしか癒やされない体になっちゃったんだ」
サンウォンが立ち上がり、一歩、リオの方へと近づく。
濡れた床を歩く足音が、密室にやけに大きく響いた。
リ「……わかった。洗うよ。座って」
リオは覚悟を決めたように、震える手でタオルを手に取った。
まずはアンシンの背中に石鹸を滑らせる。
けれど、指先から伝わる筋肉の躍動や、若く弾力のある肌の質感に、リオの顔はすぐに火を噴くように熱くなった。
ア「あ、はは……リオの手、すごく気持ちいい。……ねえ、もっと下まで洗ってよ」
アンシンが腰をくねらせ、リオの膝の間に自分の体を預けてくる。
甘えるような仕草だが、リオを自分たちのテリトリーに引きずり込もうとする確かな意志が感じられた。
リ「アンシン、動かないで……。サンウォンも、そんなに見ないで……っ」
サ「見てるよ。リオが僕たちのために、どんな顔をして尽くしてくれるのか」
サンウォンがリオの正面に回り込み、至近距離でしゃがみ込んだ。
逃げ場のない至近距離。
サ「……顔、真っ赤だね。そんなに恥ずかしい? 自分の『子供』の体を見るのが」
リ「それは……っ、君たちが変なことを言うからで……!」
サ「変なことなんて言ってないよ。僕たちはただ、リオに救われた命を、リオに全部捧げたいだけなんだ」
サンウォンがリオの首筋に冷たい指を這わせ、そこから逃げるように震えるリオの肩を、濡れた手で力強く掴んだ。
サ「ほら、逃げないで。……今日は最後まで、ちゃんと僕たちの面倒を見てくれるんでしょ?」
鏡の中のリオは、かつて二人を守っていたはずの「保護者」の顔ではなく、二人の男に翻弄され、今にも泣き出しそうな「獲物」の顔をしていた。
浴室の熱気は、リオを助けるどころか、逃げ場のない檻のように閉じ込めていた。
リ「もう……もういいだろう? のぼせちゃうから、先に出るよ」
リオは逃げるように脱衣所へ飛び出し、震える手でバスローブを羽織った。
けれど、濡れた体が冷える間もなく、すぐに二人が背後に現れた。
ア「風邪引いちゃうよ、リオ。ちゃんと拭かないと」
アンシンが当然のような顔をしてドライヤーを持ち出し、リオを椅子に座らせた。
温かい風が髪を揺らす。
いつもなら心地よいはずのその音も、今は自分の鼓動をかき消すためのノイズにしか聞こえない。
リ「ありがとう、アンシン。もう大丈夫だから、あとは自分で」
サ「ダメだよ。リオはいつも自分のことを後回しにするんだから。……ねえ、これ塗ってあげる」
サンウォンが手にとったのは、保湿用のボディクリームだった。
彼はリオの返事を聞く前に、バスローブの襟元を少しだけ押し広げ、露出した鎖骨に冷たいクリームを乗せた。
リ「っ、サンウォン、それは自分でできるから……」
サ「じっとしてて。あの日、真っ赤にひび割れていた僕たちの肌に、毎日薬を塗ってくれたのはどこの誰だった?」
サンウォンの静かな、けれど有無を言わせない声。
過去の「献身」を突きつけられると、リオの身体は金縛りにあったように動かなくなる。
サンウォンの指先が、クリームを伸ばすふりをして、リオのデリケートな肌をゆっくりとなぞった。
サ「……リオの肌は、僕たちと違ってすごく白くて、綺麗だ。……ずっと、僕たちだけのものにしておきたいくらいに」
サンウォンの言葉に呼応するように、後ろで髪を乾かしていたアンシンがドライヤーを止めた。静寂が訪れた室内に、アンシンの熱い吐息がリオのうなじにかかる。
ア「ねえ、サンウォン。ここに『印』がないと、また誰かがリオを連れて行っちゃうかもしれないよ。……拾ったのは僕たちなのに」
アンシンの腕が、背後からリオの細い首を優しく、けれど確実に捕らえた。
リ「アンシン、何を……っ、やめな……」
言い切る前に、鋭い熱が首筋に走った。アンシンが、リオの白い肌を深く、強く、吸い上げたのだ。
「あ、はぁ……っ!」
衝撃に体を震わせるリオ。
しかし、正面からはサンウォンがリオの両肩を掴み、逃げ場を完全に塞いでいる。
サンウォンは、アンシンによって赤紫に色づいていくリオの首筋を、冷徹で、かつ狂おしいほど愛おしげな瞳で見つめていた。
ア「……いい色だ。これで、明日からハイネックの服を着なきゃいけなくなったね、リオ」
サンウォンが、アンシンがつけた痕のすぐ隣に、自分の唇を寄せた。
サ「誰にも見せちゃダメだよ。これは、僕たちがリオを愛しているっていう、消えない『感謝』の印なんだから」
鏡の中に映るリオの首筋には、二つの無慈悲で鮮やかな刻印が刻まれていた。
それは、かつて「親子」だった三人の関係が、二人の「男」による歪な所有欲へと塗り替えられた、決定的な瞬間だった。