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Nelle mie mani

2 - はじまり

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2025年08月25日

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初めは、ただ純粋な憧れだった。








あの日、俺は一人駅前のロータリーで、どうしようもない未来に途方に暮れていた。

大学を卒業して、俳優の夢は叶わないまま。このまま地元に帰って、何となく就職するのかな、なんて考えていたときだった。


派手ではない、でも質の良い服に身を包んだ男の人が、俺の前を通り過ぎていった。深めに被ったキャップと、大きなマスク、伊達メガネ。でも、その人から漂うオーラは、隠しきれていなかった。


「…………大森元貴、さん?」


思わず声に出てしまった。その瞬間、男の人は立ち止まって、わずかに振り返った。俺が彼に気づいたことを察したのだろう。

彼は人差し指を口元に当てて、小さく「シー」と合図をする。そして俺の手を掴むと、そのまま人気のない裏路地へと連れ出した。

人気のない場所にたどり着くと、彼はマスクとメガネを外した。


「よく気がついたね」


そう言って笑う彼の顔は、テレビで見るよりもずっと眩しくて、俺は思わず息を呑んだ。元貴さんは俺の上から下まで見てから、口を開いた。


「……君、カッコいいし、スタイルもいい。モデルに興味はない?」

「モデル、ですか……? 俺、俳優になりたいんです」


俺がそう答えると、元貴さんは少し考えるように首を傾げた。


「ふうん。いい目をしてる。わかった。じゃあ、まずはモデルからやってみない?俳優の前に、自分を表現することから始めればいい。実は、モデル事務所の人に『いい人材がいたらスカウトしてきてよ』って頼まれててね」


彼の言葉は、俺の夢に道筋をつけてくれた。


「ねえ、名前は?」

「っあ、ゎ、若井滉斗です」

「若井くん!今日の午後、近くのスタジオで俺の雑誌撮影があるの。もしよかったら、見学に来て?きっと、いい刺激になるから」


突然の誘いだった。訳も分からず、ただただ圧倒された。それまで誰にも見向きもされなかった俺に、彼だけが、俺の可能性を見出してくれた。

あの時、この人の言葉に乗らなければ、俺は今ここにいなかっただろう。

この時が、俺と元貴さんの、すべての始まりだった。













撮影スタジオは、俺が想像していたよりもずっと広く、そして張り詰めた空気が流れていた。

元貴さんは、俺をスタッフに軽く紹介すると、すぐにカメラの前に立った。彼は、まるで別人のようだった。

先ほどまで俺に見せていた優しい笑顔はどこにもなく、一瞬で映画の主演の顔になる。カメラのフラッシュを浴びながら、彼は完璧なポーズを決めていく。

俺は、彼の邪魔にならないように、スタジオの隅でその様子を見つめていた。元貴さんは、一度もこちらを見なかった。彼は完全に、自分の仕事に集中していた。そのプロフェッショナルな姿は、俺がテレビで見ていた彼よりもずっと美しく、圧倒的だった。


(すごい……)


ただただ、そう思うことしかできなかった。

撮影が終わり、元貴さんはすぐにスタッフに囲まれた。メイクさんが顔の汗を拭き、スタイリストさんが衣装をチェックする。

彼は、次から次へと飛んでくる質問に完璧に答えながら、優雅に身支度を整えていく。俺は、その光景をただ遠くから眺めていることしかできなかった。


(場違いだ、俺…)


スタッフの視線が時々、俺に向けられるのを感じる。彼等はきっと、俺が何者なのか、なんでこんな場所にいるのか、不思議に思っているのだろう。その視線が、針のように俺の肌に突き刺さるようで、気まずさで体が強ばった。

どれくらい経っただろうか。ようやく元貴さんが俺の元へ歩み寄ってきた。彼の顔には、もうさっきまでの疲労の色はなく、完璧な笑顔を浮かべていた。


「どうだった?」


彼はそう言って、俺の隣に立つ。そして、周りのスタッフにも聞こえるように、少し大きな声で言った。


「君がやりたかった演技の仕事じゃなくて残念だったけど…でも、モデルの仕事も悪くないだろ?」


その言葉は、まるで周囲に「彼は、俺がスカウトした新人だ」とでも言っているかのようだった。その配慮に、俺の胸は一瞬で熱くなる。そして、元貴さんの隣にいることに、とてつもない優越感を感じた。


「あの、元貴さん……その、誘ってくれて、ありがとうございました」

「うん。それで、さっき話したモデル事務所の人に、君を紹介したいんだけど」


そう言って、元貴さんはスタジオの入り口の方を指差した。俺の視線の先には、貫禄のある、いかにもお偉いさんといった風貌の男性が立っていた。

元貴さんは、俺の肩にそっと手を置くと、その男性に向かって歩き出した。


「大丈夫だよ。自信持って」


元貴さんのその言葉が、俺を強く後押ししてくれた。

元貴さんは、お偉いさんに向かって頭を下げ、にこやかに笑いかけた。


「小松さん、お久しぶりです。お約束の件で、良い子を見つけてきました」


元貴さんが深々と頭を下げたことに、俺は驚いた。テレビで見る彼は、常に堂々としていて、誰にも媚びない印象だったから。

しかし、その笑顔はとても自然で、本当に相手を尊敬しているようにも見えた。


「これはこれは、大森くんじゃないか! ありがとうね。わざわざこんなところまで」


小松さんと呼ばれたその男性は、元貴さんの肩を叩き、にこやかに笑った。そして、俺に視線を向けじろじろと見定めた後、満足そうに頷いた。


「へえ、流石…大森くんの目に止まった人はイケてるね。君、名前は?」

「若井、滉斗です……」


俺が緊張しながら答えると、小松さんは元貴さんと顔を見合わせ、楽しそうに笑った。


「いいじゃないか! 大森くんが太鼓判を押したんだ。君のことは、うちで預かろう。いやぁ、本当に良い子を見つけてきてくれたよ、大森くん!」

「とんでもないです! 小松さんのお眼鏡にかなって良かったです。…この子、本当に良い目をしてるんです。きっと、モデルの世界でもやっていけます」


そう言って、元貴さんはお偉いさんにペコペコと頭を下げた。その姿は、トップ俳優のそれとは程遠く、まるで昔から仲の良い兄と弟のようだった。

この後、元貴さんは俺を小松さんに託し、自分の仕事に戻っていった。俺は、その日からモデルとしての道を歩み始めることになった。





















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