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「美香さん、びっくりしたでしょ。そんな訳で完璧に見える芹沢ファミリーは結構捻れてるんだ」
肩をすくめて照れ笑いを浮かべる若菜さんが私を採用した理由が少し分かった。
私はこのような場面を見聞きしても、周囲に言いふらしたりしない。
それはイメージが大切な大企業や、モデルをしている若菜さんにとって大切な事なのだろう。
『全部、言う通りにすれば良いんだろ! それで満足なんだろ!』
慎也さんの悲痛な叫び声が耳に届く。
「慎也さんは、家業を継ぎたくないんでしょうか?」
「ゆくゆくはセリザワフーズを継ぐつもりだと思うよ。ただ、親の敷いたレールを走るマリオネットみたいになってるのが気に食わないんじゃないかな」
若菜さんには芹沢さんの気持ちが理解できるのだろう。
親がレールを敷くような環境に身を置いてなかった私には分からない苦労があったに違いない。
「壁は厚いはずなんだけど、お兄ちゃんが興奮しちゃって今日は勉強にならないね。完璧王子の正体にがっかりした?」
ずっと怒号が聞こえる状況に若菜さんが恥ずかしそうに肩をすくめる。
「いえ、色々あっても外から見える部分で完璧な慎也さんは凄いと思います」
「ありがとう。やっぱり、美香さんは私の思った通りの人だ」
「⋯⋯」
中学生でありながら、モデル、実業家として活躍している若菜さん。
そんな彼女は実は私よりずっと精神年齢が高い気がする。
酔い潰れてお持ち帰りされそうになって、半泣きで不倫され嫁いだ家から逃げて来た私。
そんな情けない自分が彼女の目にどう映っているのか考えるだけで怖い。
「うちは、母が私を産んで直ぐに亡くなったから、お兄ちゃんは必要以上に父と私の期待に応え続けてきたと思う。その反動かな」
「思春期の反抗期が遅れて来た感じですね」
「そう、それ!」
思わず踏み込んだ言葉を言ってしまったが若菜さんは屈託なく笑ってくれた。
「勉強の続きしましょうか。集中はしづらいかもしれないけれど、試験の時って隣の子がずっと鼻噛んでたり貧乏揺すりしてる事もありますし」
「ふふっ、美香さんって面白い。じゃあ、勉強再開しましょ」
階下の争いに聞き耳を立ててしまいそうで、私は授業を再開することにした。
終了時間になると扉を軽くノックして、芹沢慎也が現れた。
「若菜、美香さんお疲れ様、外は暗いし車で家まで送るよ」
何事もなかったように爽やかな笑顔を見せる彼に思わず私は若菜さんと顔を見合わす。
その反応に芹沢慎也は口に手を当てて頬を赤くした。
「美香さん、ありがとう! また、来週ね」
「若菜さん、忙しいと思うけど宿題できたらやっておいてくださいね」
「はーい!」
若菜さんと別れ階段を降りて玄関を抜け外に出ると、既に車が玄関横につけてあった。
若菜さんの父親に挨拶したかったが、先程まで慎也さんとやり合っていた事を考えると日を改めた方が良いだろう。
私より頭一つ分以上高い慎也さんの顔を見上げると、戸惑ったように目を逸らされた。
「芹沢さん、治安も良さそうな場所ですし、私、歩いて帰ります」
「いや、俺が美香さんと話したいから送らせて」
私は半ば強引に助手席に乗せられると、車が急ぐように発進するのが分かった。
「若菜さん、凄く頑張って勉強していました。数学が好きみたいですね」
「⋯⋯」
「毎日、忙しくしているのに何でも真剣に取り組んで素敵な子ですね」
「⋯⋯ぷっ、美香さん。家庭訪問に来た先生みたいな口調」
「あっ、すみません」
「謝る事じゃないけど、落ち着いてて癒される」
慎也さんの強張っていた顔が柔らかくなる。
私の口調は恐らく父譲りだ。地元で教師をやっていた父は卒業生が悩み相談に来ることも多かった。
その時にゆっくりと落ち着いて叱咤激励する様をいつも見てきた。
「俺が階下で煩くしてたの聞こえてたよな」
「⋯⋯き、聞こえてません」
多分、彼にとっては聞かれたくない事だったのかと思い必死に嘘をつくと再び笑われた。
「美香さん、嘘が下手すぎる」
「すみません。色々聞こえてしまっていました⋯⋯」
聞かれたくないこと、知られたくないことは誰にでもある。
そして、外から見られる自分を気にしている彼は最も注意していることだろう。
「三池商事の内定⋯⋯とれた時は嬉しかったんだ。やっと自分の力が認められたって。だけど、本当は父が口利きしてて出来レースだった」
「すみません。正直に言って良いですか? 私の周りはみんな口利きで就職しているのですが、それは良くないことなのでしょうか? 家業を継ぎたくない理由があるのですか?」
私の周りで進学ではなく、就職を選んだ人は皆コネで就職している。
てっきりコネ入社は進学でいう推薦みたいなものだと思っていたが、都会は企業が多いから通常の選抜が沢山行われてそうだ。
慎也さんが通常選抜に拘る理由が分からない。
「⋯⋯いずれはセリザワフーズを継ぐつもりだけど、卒業したら直ぐにセリザワフーズの取締役になるような敷かれたレールを歩くだけの楽な道は選びたくなかったんだ」
「卒業して直ぐ取締役になって注目されながら仕事をするなんて最も茨の道だと思うんですが⋯⋯慎也さんは修行をしてからが良かったということですか?」
私の問い掛けに慎也さんは困ったような顔をした。
もしかしたら、的外れなことを言っているかもしれない。
「修行、まあ、そうかな」
「修行の師匠を自分の力で口説きたかったって事ですよね。自慢の息子を宜しくお願いしますとお父様が挨拶をしたことが気に食わないと⋯⋯」
「ハハッ。俺、自慢の息子なのかなあ⋯⋯」
慎也さんの表情が少し柔らかくなる。
「誰がどう見ても自慢の息子です。どんな師匠も慎也さんを見たら直ぐ採用します。誰のオススメがなくても、素敵だと分かるからです。歳の離れた若菜さんが慎也さんを慕っていて、みんなが貴方を好きじゃないですか」
私の考えを伝えると彼は照れていた。私の住んでいるアパートに向かう道で、スピードを出してる見覚えのある外車を見つける。
(海斗の車! 住んでる場所がバレた?)
「すみません。ここで降ろしてください!」
「えっ」
私の焦ったような叫びに咄嗟に横道に入って車を止める慎也さん。
「ここから、歩いて行きます」
「もしかして、警戒されてる? 別に俺は送り狼とかしないよ」
的外れな慎也さんの言葉に私は困ってしまった。
でも、ここは正直に現状を話したほうが良いかもしれない。
「夫が私を訪ねて来てるんです」
「俺も同席するよ! 非常識な旦那さんだよね」
芹沢さんは私を第二の妹のように気遣ってくれる。
それでも今、彼を連れて海斗と対峙するのは得策ではない。
こんな都会の完璧な男が自分が虐げた女の味方になるなんて海斗は信じない。
だから慎也さんと私の浮気を疑うことはない。
彼が側にいたら心強いと分かっていても、私が海斗との情けない会話を慎也さんに聞かれたくない。
「一人で、自分の力で夫と向き合いたいんです。一度は好きで結婚した夫婦ですから」
私の言葉に芹沢慎也は息を呑む。
「⋯⋯踏み込ませてはくれないんだな」
彼が寂しそうに呟く言葉に私は胸が締め付けられた。私は彼の家庭に一歩踏み込んだ自覚がある。
それでも、私は彼に私のテリトリーに未だ入らせたくない。
「私にとって夫との関係は恥ずかしくて人に見せたくないんです。自分の失敗を認めたくないけれど、私の結婚は失敗でした。そのリカバリーは自分の力でしたいんです」
私は「送ってくれてありがとうございます」と彼に呟くと、車の外に出てアパートに向かって走った。
アパートの前に停められた外車に腕を掛けて佇む夫。
彼は何年も私にとって特別な人で、彼を誰かと比べたことなどなかった。
しかし、私は初めて先程まで一緒にいた完璧王子芹沢慎也と自分の夫を比べてしまった。
(なんで、こんな男と結婚したんだろ)
髪はボサボサで、ブランドのロゴが大きく刺繍されたジャージ姿。
茨城では目立たなかったが、ここ横浜では完璧にチンピラ。
周りの人が近寄らないようにするレベルの怪しさだ。
「美香、二時間以上も掛けて迎えに来てやったぞ。手間を掛けさせんなよ、バカ」
彼は私が自分にまだぞっこんだと勘違いしている。近付いてきて頭を撫でようとする姿に寒気がした。
コメント
1件
みぅです🖤 うわ、慎也さんの内面がどんどん出てきて切ない…「自慢の息子」って言われても素直に受け取れない感じ、わかる気がする。そして最後の海斗の登場、本当に胸糞悪い。でも美香さんが「自分のリカバリーは自分の力でしたい」って言い切ったのは強くてかっこよかった。慎也さんに心配されながらも一線を引くあたり、芯の強さを感じるよ。来週が気になる…