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#ハッピーエンド
#ハーレム
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怖気が走る。
肌が粟立って、脚が勝手に震える。
俺は眼窩に寂しさを感じて、掌を翳すと、そこには何も収まっていなかった。
要するに、俺の左目は消え失せてしまっていた。
魔法を行使した代償に『持っていかれた』。
「葵ッ!」
「……ああ。問題ない」
仲間の声に頭を振る。
ああ、駄目だ。集中しろ。
俺はズレていた仮面を元の位置に戻しながら、脚に力を込める。
喪失を嘆くのは後だ。
今は、目の前の魔物を倒すことだけ考えろ。
「絶対に生きて帰る」
──転生してから十八年。
都合四度目の魔法使用であった。
◇
この世界は危機に瀕している。
……あるいはそれは、手緩い表現かもしれない。
崖っぷちの崖っぷち。
ほとんど滅びている世界というのが、今まさに俺が生きている場所だ。
魔物、と呼ばれる存在が現れたのは数千年は昔のことらしい。
悪魔のごとき力を用い、人類を殲滅せんと迫りくる物。
奴らが世界に現れると同時、魔物の力の源となる「魔力」も同時にもたらされた。
つまり魔法の誕生である。
はたしてそれは人類にとって福音だっただろうか?
魔法を使う女性たち──すなわち魔女によって、魔物と戦うことが可能になり、延命は成された。
そういう意味では、確かに神の祝福のように感じられるかもしれない。
けれども魔力は魔物の力なのだ。
ただの人間にとっては毒にしかならない。
魔女の適性のない人間──それは男に限った話ではなく、魔力を使う素養のない女もまた──は大気に広がった魔力によって次々死に絶えた。
世界全体に毒ガスが撒かれたようなものだ。逃げる場所などなく、人類は再び絶滅の危機を迎えた。
そこで当時の首脳陣は世界を分割することに決めた。
『結界』により領域を定め、その空間だけは、魔力の存在しない元の形に戻そうとしたのだ。
もちろん結界の範囲は世界すべてを覆うには到底足りない。事実上の敗北宣言である。九割以上の勢力圏を放棄し、魔物と魔力という恐怖から逃れるため、壁を作った。
結界を張る際にいったい何人の魔女が犠牲になったのか──今となっては推測することしかできないが、学者によると、少なくとも数千人の尽力があったのだろうと言われている。
尽力と聞けば如何にもお涙頂戴の努力譚でもあったように思われるが、実際のところ、魔女たちは無理やり魔法を使わされたのだろうとする言説が主流だ。
当時は奴隷制も黄金期であり、命の軽い時代であった。
……まあ魔女を生贄に人類を存続させる行為は、今でも続いているのだが。
とにかく、現在も結界の外には魔物がうじゃうじゃ居るわけで、以上の理由から、この世界はほとんど滅びかけていると表現して差し支えないのだ。
「まったく嫌になるぜ」
俺は額に氷袋を当てながら溜息をついた。
転生するならもっと明るい世界がよかった。それこそ、可愛らしい美少女たちとキャッキャウフフの青春を送れるハーレムワールドとか。
間違っても死が隣り合わせのシリアスワールドではない。
左目に掛けた眼帯を撫でながら、何度目かも判らない溜息をつく。
転生してからこっち溜息をつきまくりだ。
溜息をつくと幸せが逃げるという迷信があるが、もしもそれが本当なら、俺は一生ほんの些細な幸福にすら与れないだろう。不幸な人生。悲劇的な終わり。バッドエンド。
ずいぶん馴染みのある響きに辟易した。
ついこの間、自分が洗脳を受けていたかもしれない疑惑が生じて、ただでさえ過敏になっているところなのに。
「はあ……」
「店長、最近顔が暗いですね」
エプロンに身を包んだ小牟田式子が首を傾げる。
「やっぱりお客さんが来ないからですか」
「別にそれは気にしてない」
「そうですか、よかった──いやよくないですね。駄目ですよ。曲がりなりにも経営者なんですから、お客さんが来ないことを心配しないと」
じゃないとこのお店潰れちゃいますよ。
どこぞで聞いたことのあるような台詞を吐く式子。
「そうよ。あたしのバイト先がなくなるのは困るもの」
「……すでに受かったような口ぶりだが、まだ結果は通知してないぞ」
「まさか落とすの? 全力で抵抗するわよ」
「杖を出すな。仕舞え」
懐から杖を抜き出した大牟田珠姫に掌を向ける。
本当に近頃の魔女はどうなっているのだろうか。こんな簡単に魔法を使おうとするなんて、学園の教育体制を疑ってしまうぜ。
先日、激マズナポリタン事件によって一応の和解を見せた式子と珠姫だが、どうもまだ対抗心が残っているようで、「式子がここでバイトしてるならあたしもするわ」とその場でアルバイトの面接を申し込んできたのだ。
正直な話、この喫茶店には滅多にお客さんが訪れないので、現状式子ですら労働力として手に余っている。
ここに加えて珠姫を採用などしようものなら、コストの無駄遣い的な観点から監査が入ってしまうかもしれない。
魔女をしていた頃には、よく仲間から無駄遣いを叱られたものだ。
「我儘を言うものじゃないよ。店長の懐は寂しいの。閑古鳥なの。私だけで手いっぱいなのに、珠姫を雇う余裕があるわけないじゃん」
ふん、と胸を張る式子。
心なしかその眼差しは自慢げだ。
「ぐぬぬ……」
珠姫は対抗心を燃やしている。
幻覚だろうか、彼女の背中に燃え盛る炎が見えた。
ここで不採用を告げたら早晩恨まれるかもしれない。
……実は、俺の懐にはかなりの余裕がある。魔女時代に相当稼いだからな。喫茶店の土地代とその他諸々で大幅に使いはしたが、まだまだ余裕。具体的にはアルバイトを一人増やす程度だったらなんの問題もない。
ゆえに俺は、珠姫にエプロンを投げ渡した。
「業務内容は先輩から聞いてくれ」
「これって……」
「採用だ」
「──っ!」
ありがとうございます! の後すかさず式子へ笑みを向ける珠姫。よほど採用されたのが嬉しいのだろうか、普段は険のある表情なのだが、陽に溶ける雪だるまみたいな笑顔だ。ただし口から発せられるマウントの言葉は尋常でなく険がある。
「これで式子と同じステージに立ったわ」
「別にアルバイト程度で誇られても」
「あたしじゃアンタと並べないって言いたいわけ!?」
「被害妄想の権化……攻撃的被害妄想……」
式子は日頃、俺を振り回しているのだが、珠姫を相手にすると、むしろ振り回される立場になるらしい。
平素は見られない疲れた様子で、肩を落としている。
「店長……お金は大丈夫なんですか」
「資金はそれなりにな」
「いったいどこから出てくるんですか。前から不思議に思ってましたけど」
「懐だよ」
「まさか四次元ポケット? 無限にお金の出てくる金脈……?」
ブツブツと世迷い事を吐きはじめた。
この状態になると長い。先に珠姫と話してしまおう。
「それにしても、珠姫。どうして君までアルバイトを?」
「式子は味覚がないし、店長はとんでもない味音痴だもの。まともな舌を持った人間が居ない喫茶店なんて、遠からず潰れることは目に見えてる。私は優しいから。そんな危機に陥った人々を見捨てるなんてできないのよ」
俺が料理をするときに味見をしないのは、魔法の後遺症で味覚を失ったからです。
なんて説明できるはずもなく、純粋に味覚が終わっているからだと誤魔化した。
それを真に受けた彼女は心配ゆえに働いてくれようとしたらしい。
なかなかどうして優しい性格じゃないか。
「……っていうのは理由の一部だけど」
珠姫は手首を掴んで俯いた。
「──近いうちに、あたしもダンジョンに潜るの」
「ダンジョンって……」
「ええ。結界を貫く魔物の巣。放置しておけば人類滅亡の原因になる、魔女の生き血を啜る怪物」
『ダンジョン』だなどと、如何にもゲーム的な響きだけれども、その実態は決して明るいものではない。
その正体は結界に開いた穴。
遥か昔、甚大な強さを持った魔物が開けた穴を、無理やり魔法で覆った場所。
見た目こそ塔のような建造物であるが、魔法によって創られたということもあり、傷ついた箇所を自動で修復する──解釈の仕方によっては生きた魔物の巣だ。
結界の穴からは常に魔物が侵入してきている。
もし奴らを放置しようものなら、数週間後には人類は滅亡するであろう。
「魔物を討伐する魔女を育成する──それが学園の指針。あたしたちも、魔物との戦い方は散々習った。近いうちに、授業の一環で、ダンジョンに潜る」
珠姫の声は震えていた。
しかし表情だけは毅然として。
自らの恐怖を抑え込もうとしているようだった。
「式子は一足先にダンジョンに潜ったみたいだけど。今度は正式な授業。あたしも、魔法を使う必要があるかもしれない」
そして……命を落とすかもしれない。
彼女は消え入りそうな声で囁いた。
「生まれてこの方、アルバイトなんてしたことがなかったから。死ぬ前に体験してみたかった。できるなら、式子が働いているのと同じ場所で」
「……それはまた、どうして?」
「店長さんには詳しく話せないけど、式子は、ずっとあたしの前を歩いていた。あたしにできることなら、なんだってできた。反対に、式子にできることでも、あたしにはできないことが多かった。魔法だってそう。魔物を殺すのだってそう。でも──アルバイトくらいなら、あたしにだって」
店長さんには失礼な感じかもしれないけど。アルバイトくらい、って言い方は。
困ったように首を竦める珠姫。
「……そうか」
俺には何も言えなかった。
魔女ではないすべての人間にとって、これは目を瞑ってはいけない罪だ。
魔法が使えるだけの少女を犠牲にして、まやかしの日常を生きている人間の。
原罪──と表現してもいいかもしれない。
人類は、無数の魔女の屍の上に立っている。
「別に店長さんが気にする必要はないのよ? これは魔女として生まれたあたしの使命だし、世界を守るため、魔物と戦って死ねるなら本望だもの」
真面目な空気を壊すように、珠姫は掌をひらひら振った。
「それに……まるで絶対に死ぬ、みたいな話し方だったけど。あたし死ぬつもりないし。なんのためにつらい訓練を受けてきたんだってわけで。パパッとダンジョンに潜って、パパッと魔物を殺して終わりよ」
にへら、と頬を緩める彼女。
その表情が式子と被って見えた。
確かに二人は(血は繋がっていないにしても。生まれ方とか、遺伝子的には)姉妹なのだな──と実感の湧く表情であった。
「…………」
俺は珠姫に見えないところで拳を握る。
身に染みて分かった。
目の前に居る少女は、ゲームの登場人物ではない。
ちゃんと地に脚をつけて、息衝いている人間だ。
──だからこそ、俺は。
どんな手を使ってでも、未来をハッピーエンドに導かなければならない。