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爆発音が遠くでした。教室がビリビリ震えた。
「渡り廊下か?」
私たちが廊下に出ると、二個向こうのクラスからもくもくと煙が上がって、女の子の悲鳴が聞こえた。
そのクラスに近づいて行った。教室のドアが吹っ飛んでいて。壁がえぐれたようになっていた。
木内さんが廊下に倒れて、悲鳴を上げながらバタバタと暴れていた。
血を足から振りまきながら、暴れていた。
木内さんの左足が脛から無かった。
「足が、私の足があああああ」
「あ、足を縛って出血を止めろっ!」
洋平君が怒鳴った。蒲田君が慌てて木内さんの肩を床に押しつけた。
「あ、暴れるな、木内」
洋平君がなるみちゃんの制服のリボンを使って足の付け根を縛った。物差しで付け根をねじってきつく閉める。
木内さんは口から泡をふいて、ギーギー言いながら暴れている。
「くそ、まずい、このままだと死ぬぞ」
目の前が真っ青になった。足が無いよう。足が無いよう。
なるみちゃんの後ろに隠れて肩をぎゅうっと掴んだ。
「何があったの?」
なるみちゃんは蒲田君に聞いた。
「い、いや、木内が、木内がこのクラスに入ったとたん爆発してさ」
「地雷?」
私は教室内を見た。床に缶詰ぐらいの大きさの丸い箱が沢山落ちていた。
「対人地雷かよっ!! なんだこれはっ!!」
洋平君が怒鳴った。
洋平君は木内さんの血を被って、あちこち真っ赤だ。
「ジョンソンさまだ、ジョンソンさまが俺たちを皆殺しにするんだああ!」
蒲田君が大声で叫んだ。
やめてえええ。
「医者に診せないと、マジでまずいっ!」
木内さんは静かになって、真っ青な顔でブルブル震えている。
「もういや、もういやよーーー!! お家に帰るーー!!」
竹田さんが泣きながら走り出した。
「竹田っ! なるみここをたのむっ!」
洋平君が竹田さんを追って駆け出した。私もつられるように駆け出した。木内さんを見ているのが嫌だったんだ。
竹田さんは渡り廊下の方に曲がった。
私と洋平君が曲がったときにはもう左の出入り口から渡り廊下に出ていた。
「竹田、帰ってこい、危ない」
洋平君が、出入り口を開けて、竹田さんに声を掛けた。竹田さんは見向きもしないで渡り廊下を走る。
「竹田さーんっ!」
竹田さんが包みの地点を通過した。
包みがピカッと光って破裂した。
「あ、爆発が小さい」
私はハッとした、このまま竹田さんがここを抜けたら、お巡りさんとか救急車とか呼べる!
「あれは……」
洋平君が呟いた。
包みから黄色い煙がもくもくと吐き出されていた。
竹田さんは黄色い煙に取り巻かれてゲホゲホと咳き込んでいた。
「まさか……」
黄色い煙が薄く、出入り口にはい出してきた。
もの凄い嫌な匂い。刺激臭。
「竹田、毒ガスだ、戻ってこいっ!!」
竹田さんはこちらを向いてもがき苦しんでいた。高い咳が短い間隔で吐き出される。
竹田さんは倒れて痙攣した。
洋平君は目を閉じ、歯を食いしばって出入り口を閉めた。
私はちょっとガスをすいこんで咳き込んだ。頭がぶぁって膨らむ感じがした。
洋平君が肩をぐいっと掴んで渡り廊下の近くから窓際に私を引っぱりだしてくれた。私は綺麗な空気をハアハアと吸い込んだ。
「どうし、ゲホッゲホッ、なにこの匂い」
蜷川さんが寄ってきて洋平君に聞いた。
「毒ガスだ、窓を開けろ、……竹田がやられた」
木内さんの所へ戻ると、なるみちゃんが血だらけでぼんやり突っ立っていた。
「……死んだわ、木内さん」
無表情に、なるみちゃんが呟いた。
蒲田君が木内さんを抱きしめて泣いていた。
「俺たちは四階を見てくる。鏡子はここで待ってるか?」
「い、一緒にいくよう」
なるみちゃんと洋平君の二人とはぐれると凄く不安だよ。
反対側の階段の下に降りる方にも鉄条網がうねうねと張ってあって、生徒の亡骸が二つ、途中に引っかかっていた。階段中にもの凄い嫌な匂いが充満していた。
上に昇る階段には何も仕掛けは無いように見えた。
洋平君がサバイバルナイフを持って、辺りを観察しながらゆっくりと上がっていく。わたしとなるみちゃんはハンカチで口を押さえて嫌な匂いに耐えながらその後に続く。
四階に上がった。
「屋上のドアが開いてる」
洋平君は上を見てそう言った。
「そっちが先ね」
なるみちゃんが長いマグライトの先で屋上の扉を差した。
二人とも落ち着いていて行動力があるのに、私はビクビクして何の役にもたたないな、と、自分の無能力さかげんが嫌になった。
また、ゆっくりと階段を上がる。
屋上のドアが風に揺られて、キィキィと音を立てていた。
屋上に出ると風がごおっと鳴って、私となるみちゃんのスカートをなびかせた。
屋上には誰もいなかった。
東側の金網が破けてロープが張られて居た。葉子ちゃんが飛び降りた時に破った金網だ。破れ目の所にお花が置いてあった。
洋平君が金網を閉じているロープを解いた。二メートルぐらいのロープを洋平君はくるくると巻いて棒のようにまとめた。
「ボーイスカウトで習った事がこんな所で役に立つなんてさ」
「ロープどうするの?」
「何かにつかえるかもしれない。ゲームとかではロープ大事だからな」
「洋平、これ、ゲームじゃないのよ」
「ゲームじゃないけど、現実感もないよ。バラバラ死体に高圧電線、地雷に毒ガスだぜ、サバイバルホラーかっつーの」
米軍の基地が眼下に見えた。
腹黒い獣がずっしりと座り込んで居るようにも見えた。
「ジョンソンさまだと思う?」
私は聞いてみた。
「ジョンソンさまはベトナム帰りの特殊部隊って噂があるから……。やれないことはないわね」
「ジョンソンさまか、本当はいるわけないんだけどな」
「え、どうして、洋平君」
「だって、あの基地は……」
「あれ? 駅が燃えてる」
なるみちゃんが西を指さした。駅ビルからもくもくと黒い煙が立ち上がり、オモチャのように小さく見える消防車が放水しているのが見えた。
「街の方でも何か起こってるな。何が起こってるんだ?」
洋平君が誰に言うともなく疑問を投げかけた。誰も答えられる人間はここには居なかった。
「四階を見よう、殺人犯は絶対に四階に隠れているはずだ」
私はぶるっと震えた。
私たちは四階に降りた。
人の居ない廊下は妙にがらんとして、空っぽだった。
教室の扉を開こうとした洋平君の手をなるみちゃんが止めた。
「扉に細工とか考えられない?」
洋平君はゆっくりと扉から手を離した。
「考えられる」
洋平君はおトイレの前の用具入れからモップを持ちだしてきた。
モップの柄で扉の把手をおして、そろそろと開いた。
中程まで開いた所で、扉が轟音を発して吹き飛んだ。
いきなりの爆発音で耳の中がキーンとした。
開いた部分からパチンコ玉のような物が沢山飛んできて、壁を蜂の巣のように変えた。反射した玉がコロコロと私の足下まで転がってきた。
「あぶねえ、命拾いしたよ、なるみ」
「ここを出たらビックマックおごってね」
洋平君となるみちゃん、仲良しでいいなあ。
ちょっと胸がチクリとした。
教室の中を覗くと、ミニスピーカーのような物が教室の隅で煙をあげていた。床にはびっしり缶詰のような地雷が散らばっていた。
どうした、何の音だと言いながら、男の子達が数人四階に上がってきた。
私たちは事情を話した。
「うへえ、クレイモア対人地雷だにー、怖いにょー」
オタクの三橋君がなんか嬉しそうに言った。こんな時になんで笑えるのだろう。
洋平君はモップを使って四階の教室を開けていった。
扉にクレイモアとかいう地雷が仕掛けてある教室もあったし、仕掛けてない教室もあった。床の地雷は数の大小はあれ、全部の教室にまき散らされていた。
全部の教室を見たけど、殺人鬼は居なかった。
「殺人犯はどこにいるんだっ」
洋平君が苛立ったように壁を叩いた。
「向こうの校舎じゃないすかにー」
三橋君が隣の校舎を指さした。
「渡り廊下を渡ってか……。じゃあ、渡り廊下が毒ガスで通れない今は、奴はやってこれないのか」
「ジョンソンさまですからにい、ガスマスクとかありそうですにょ」
「くそ、息を止めて毒ガス地帯を抜けて……。奴が向こうで待ってそうだな」
私たちは三階に下りた。
私たちの教室の前あたりで、高田君たちが何かやっていた。
「なにやってんだ、高田」
洋平君が高田君に聞いた。
「猿渡が壁の排水パイプ使って降りるっていうんだ」
「モンキー猿渡って伊達に呼ばれてるわけじゃねーぜ」
猿渡君がうききと笑った。
そういえば、春頃、猿渡君は校舎の二階の窓のひさしに千円札を落っことしてしまって、雨樋を伝って取りに行った事があった。あとで先生にこっぴどく怒られたみたいだけど。
うまくいくかも知れない。
私たちは自分たちの教室に入った。
窓を開けて下を見る。たった三階分の高さなのに、下に降りることが出来ない。
猿渡君が教室の窓から出て、二階の窓のコンクリート製のひさしに降りた。恐れのない足取りでひょいひょいと進む。
猿渡君が排水パイプを掴んだ。
「そいじゃ、行ってきますー」
猿渡君が排水パイプに体重を乗せた瞬間だった。
排水パイプの上の方でバウンッと爆発が起こった。猿渡君は目を丸くしていた。バンッバンッバンッと排水パイプを壁につないでいる金具の部分で火花が飛んで金具がはじけ飛んだ。
しがみついた猿渡君ごと排水パイプは根本から折れ曲がり、落下した。
猿渡君が絶叫していた。信じられないほど大きく開いた口から長い長い悲鳴が吐き出された。
猿渡君は体育館へ行く三段のコンクリートの段にたたき付けられて、ねじ曲がった。ぐねぐねとしばらく体を動かして、止まった。
猿渡君は死んだ。
「ちっきしょおおおおっ!!」
高田君が絶叫して、斧を窓枠に打ちつけた。ドガッドガッと大きな音を立てて窓の桟が壊れていった。
ここから出ることが出来ない。家に帰れない。
時間は四時になっていた。もうすぐ日が暮れる。
ジェット戦闘機が轟音と共に校舎の上を飛び去って行った。