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三人が砂鉄たちの元に集まり、藤澤がチョモを背負う。チョモの顔はまだ苦しそうだが、おんぶしてもらっている方が、自分で歩くよりはるかに負担が少ないだろう。砂鉄は、少しだけ安堵の息を漏らした。



「君、名前なんて言うの?」



藤澤が、チョモを背負いながら、砂鉄に問いかける。


「…………」


砂鉄は、言葉に詰まった。その場に沈黙が落ちる。


(言えるわけない……)


頭の中で、警鐘が鳴り響く。もし、この場で自分の名前を言ってしまえば、あのチャンネルに出ていた「砂鉄」だと、彼らに知られてしまう。そんなの冗談ではない。せっかく穏やかな空気になりかけているのに、そんなことになれば、全てが台無しになる。


すると、藤澤は、そんな砂鉄の様子を見て、ふわりと笑った。


「言いたくないこともあるよねー、大丈夫大丈夫!」


藤澤は、そう言って、砂鉄の返答を無理に求めようとはしなかった。彼の言葉は、砂鉄の胸の内に深く染み込んでいく。張り詰めていた緊張の糸が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。ただ、今まで接したことのないタイプの大人で、どんな顔をすればいいのか分からない。



「…家じゃなくて病院で大丈夫なの?」


その時、大森が、静かに口を開いた。彼の言葉は、藤澤の隣から、ぽつりと落とされた。


「え、確かに。どうする?」


大森の言葉に、藤澤が砂鉄の方を見る。

砂鉄は、その問いかけに思わず言葉を詰まらせた。



「……病院……うーん……家……」



砂鉄は、視線を宙に彷徨わせた。チョモは、先ほど「ネカフェに帰りたい」と訴えていた。熱と疲労で限界だった彼の望みを叶えてやるのが、本当に正しい選択なのか。

しかし、砂鉄としては、やはりチョモを病院に行かせたい気持ちが強かった。このままネカフェに帰っても、根本的な解決にはならない。高熱が続き、呼吸も荒い。医者に診てもらわなければ、もっとひどくなる可能性もある。



(あ、でも……)


「病院……行きたい、けど……お金ない……」


砂鉄の口から、独り言のような声が漏れた。突然ネカフェを飛び出したはいいものの、あまりにも状況が切迫していて、治療費のことなど全く頭になかったのだ。自分の所持金は、決して多くはない。もし、検査や点滴が必要になったら、果たして足りるだろうか。

金銭的な問題は、今、目の前に立ちはだかる、最も現実的な壁だった。


その言葉を聞いた藤澤は、ハッとしたように目を見開いた。チョモを背負ったまま、砂鉄を見下ろす。



「え!? お金ないって……そしたら、お母さんとかに……」


藤澤は、まるで無邪気な子供のように、当たり前の選択肢を口にしかけた。しかし、彼の言葉は、途中で遮られる。


「涼ちゃん」


大森の静かな、しかし有無を言わせぬ声が、藤澤の言葉を制した。大森の視線は、砂鉄とチョモに向けられている。

彼は、この夜、こんな場所で、こんな状態になっている二人に、「頼れる大人」などいないことを、瞬時に察したのだろう。親に連絡できない、あるいは親がいない、という状況を、口に出さずとも理解しているようだった。


藤澤は、大森の言葉に、ハッと我に返ったように口を閉ざした。そして、もう一度砂鉄とチョモを見つめると、その顔に深い困惑を浮かべた。


「んー……そっか……」


藤澤の口から、諦めとも困惑ともつかない呟きが漏れた。


「どうしようね……」


夜の路地裏に、重い沈黙が訪れる。





「……家にします」


砂鉄は、消え入りそうな声で、しかしはっきりとそう告げた。長い沈黙の末に出した答えだった。病院に連れて行きたい気持ちは山々だ。しかし、チョモ自身も「ネカフェに帰りたい」と訴えていた上に、診療費の不安も、砂鉄の心を重くした。

結局のところ、自分にできることなど、あの狭いネカフェのブースで、精一杯チョモを看病することしかない。そう考えると、他の選択肢は、すべて霞んで見えた。


「わかった。家どこ?」


藤澤は、砂鉄の返答を尊重するように、優しく問いかけた。


「ここから20分くらいの…ホテルです」


ネカフェだなんて言ったら、彼らに引かれるんじゃないかと思い、わざとぼかして伝える。

しかし砂鉄の言葉を聞いた途端、三人の顔に、「えっ……?」という驚きが広がる。彼らの目が、同時に砂鉄に向けられた。その視線は、砂鉄の心臓を締め付ける。少し居心地が悪くなり、気まずさから思わず目を逸らした。


再び沈黙が、重く路地裏にのしかかる。三人の目が、砂鉄に注がれたまま動かない。

やがて、その沈黙を破ったのは、藤澤だった。


「ホテル…そっか…。じゃあそこまで送るね。」


藤澤の声は、優しげだったが少し戸惑っている様子だった。しかし次に若井が口を開く。


「……あのさ、本当にホテル?この辺ネカフェしかないけど…」


砂鉄は、一瞬言葉に詰まった。嘘をつき通すこともできたかもしれない。だが、この状況で、これ以上彼らを騙し続けるのは、気が引けた。



「……いえ、あの……そう、です。ネカフェです…」



砂鉄の声は、小さく、ほとんど聞こえないくらいだった。正直に告白したことで、彼らがどんな反応をするのか、怖かった。軽蔑されるかもしれない。もしかしたら、この場で置き去りにされるかもしれない。そんな不安が、砂鉄の胸を締め付ける。


藤澤は、砂鉄の言葉を聞くと、ゆっくりと目を閉じた。そして、小さく、深く、ため息をつく。その息には、怒りも、失望も感じられなかった。ただ、わずかな悲しみが含まれているようで、やっぱりネカフェで暮らしてるなんて引かれるよな、と砂鉄は思った。


「そっか……」


藤澤の口から漏れたのは、たった一言だけだった。だが、その一言に重いものを感じ、砂鉄は自分が何か悪いことをしてしまったような、罪悪感を感じた。

すると、大森が口を開いた。



「……じゃあ、その子、熱も高いみたいだし、ウチ来る?」



砂鉄は、ハッとして顔を上げた。大森の表情は、冷静なままだ。彼の瞳の奥には、微かな決意のようなものが宿っているように見える。


「えっ!?」


今度は、藤澤と若井が、同時に驚きの声を上げた。特に若井は、まさかそんな提案が出るとは思っていなかったようで、目を見開いて大森を見つめている。


「元貴!…いいの?」


藤澤が、思わず大森に尋ねる。大森は頷き、藤澤と砂鉄を交互に見つめながら話す。


「この状況で、ネカフェに戻っても、ちゃんと看病できないでしょ。僕の家、ちょっと歩いたとこにあるから。体調良くなる間なら、休ませてあげられるよ」



砂鉄は、再び言葉を失った。その申し出は、あまりにも唐突で、あまりにも恵まれたものだった。見ず知らずの自分たちを、家に招き入れるなど、普通では考えられない。

砂鉄は、チョモの顔を見た。チョモは、まだ藤澤の背中で苦しそうに息をしている。このままネカフェに戻るか、それとも、彼の言葉に甘えるか。砂鉄の心は、激しく揺れ動いた。

大森の申し出は、正直言って怪しい。しかし、ネカフェに戻ったところで何も解決しないという現実が、砂鉄の背中を押した。それに、もうここまで来たらいけるところまで、いってみようという気になっていた。


「……いいんですか…?」


砂鉄は、遠慮がちにそう答えた。

大森は、砂鉄の返答を聞くと、少し嬉しそうに頷く。


「もちろん。じゃあ、今から行こうか。」


藤澤も同じように小さく頷き、若井はどこかホッとしたような表情を浮かべていた。


「あの……その前に……もしよかったら、ドラッグストアに寄ってもらえませんか」


砂鉄は、そう切り出した。チョモの熱はまだ高く、薬も何も持っていない。せめて、熱冷ましだけでも手に入れたかった。


「いいよ!ちょうどこの先の通りにあるから行こっか」


藤澤は、即座に了解する。砂鉄はよろよろと立ち上がり、3人と共に夜道を歩いていった。



チョモと砂鉄の備忘録

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