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今日も朝が来るよ
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#ロマンスファンタジー
Jasmine
981
世羅 鈴🎨🎤
194,693
鷹槻れん

55,100
氷の隙間から、リーダー格の竜が首を傾げるのが見えた。
「これほどの魔術師でありながら無名とは……六大名家の新星でしょうか? しかし、いかに才気あふれる魔術師なれど、ブリムに属する竜の兵団五十二名、貴女一人で相手できるでしょうか?」
遠距離魔術の弾幕が降り注ぎ、白い粉塵が舞う。氷の防壁が砕け散り、その砕片が太陽光を反射し煌めく。黒い影たちが次々と防壁の裂け目へ飛び込んでくる。
一団を指揮し、獲物を追い詰めるのを楽しんでいるのか、竜の酋長が目を細める。
そんな彼の喉笛に、僕はナイフを突きたてた。
「………は?」
彼が目を剥く。傍目にも氷の防壁に残した人形に釘付けだった。夢にも思っていなかったに違いない――粉塵に紛れ、見張りの竜の死骸で作ったデスマスクで竜族の兵を装い、僕が忍び寄っていったなんて。
『あんまり殺しすぎるなよ、フィオ! フィールディングから術式を奪えば、こいつらも俺らの手駒だ!』
「……なるべくかな」
槍を手にした竜が、僕へ突きを繰り出した。
「貴様! よくも酋長を!」
僕は紙一重で槍を躱し、その腹をつかむ。鉄の槍は砂のように崩れ、風に飛ばされていく。
「……なッ!」
驚愕に目を見開く竜の肩に、僕は右手を置いた。一瞬で彼の左肩は塵となり、腕が落ちた。うん、グレイヴ卿の脳みそを分解したときより、壊し方のコツを掴めてきてる。
一人で飛び出せば返り討ちと学んだらしい。竜たちは中距離の間合いから剣や槍で牽制し、石造りの建物の隙間にある、狭い路地へと僕を追い立てる。
「調子に乗るなよ! 下賤の猿め!」
「この先は行き止まりだ!」
「遠距離ある奴! 準備しろ! 奴に逃げ場はない!」
中空に魔法陣が浮かぶ。ある程度タメが必要な――その分強力な魔術の砲弾が待ち構えているらしい。
僕は竜の一団に向きながら、後ろ手に背後の袋小路——石造りの壁に触れる。
「……舐めすぎだよ」
真後ろの壁に巨大な穴が空き、壁の向こうから陽光が差し込む。
予想外の逃げ道の出現に慌てたか、竜が飛び出す。しかし、すぐ足を止める。
「……何だ!? ……脚が!?」
竜たちが足場の異変に気付く。
石畳が崩れ去り、サラサラの砂に化けていた。竜たちの足は脛まで流砂に沈みこむ。
「……クソ……だが、この程度ッ」
足を引き抜こうとした竜たちが、呆然と空を見上げる。
彼らは、壁の穴と足元の砂を注視しすぎていた。だからこの瞬間まで、路地の両脇の建物の異変に気づかなかった。
——ミシッ。
逃げる途中で触れて回ったのが、時間差で効いてきてる。
建物の壁一面に蜘蛛の巣状の亀裂が広がり、今にも崩れ落ちそうになっていた。
「貴さっ……!」
竜たちの怒号は最後まで聞けなかった。
頭上から瓦礫が雪崩込み、僕と彼らを遮った。
***
「うまく撒けたね」
僕は裏路地を抜け、廃墟に忍び込んでいた。
もとは礼拝堂だった建物らしい。朽ちかけた長椅子が祭壇へ向かって何列も並ぶ。割れたステンドグラスから陽光が差し込み、修理不能なまでに錆ついたパイプオルガンを照らしていた。
「そこ、危ないぞ」
男の声がした。
人がいたのか。思わず足を止めると、僕の目の前を氷塊が落ちてきた。床との衝突音はゴトンと低く、あたれば即死の重みを感じさせた。
「荒れ放題だろ? 天井は一面、今にも落ちてきそうな氷柱でいっぱいだ」
声の主は、祭壇近くの長椅子で読書をしていた。背もたれに片腕を預け、脚を組んでいる。もしここが礼拝堂として健在なら、半分寝そべるようなだらけた姿勢を司祭に咎められていたように思う。
人型の竜じゃない。痩身を灰色の外套に包んだ、人間の男だ。頬はこけ、何日も眠っていないのか、目の下には濃い隈が落ちている。ただ顔つきは妙に冴えて見え、文章を追う視線はおそろしく早かった。
「オジさん、何読んでるの?」
「探偵小説。大好きなんだ」
「探偵が?」
「世界が」
疲労に沈んでいた男の目に、爛々とした光が灯る。
「探偵小説はいい。これほどに牧歌的で平和的な世界はほかにない」
『題材は犯罪だろ?』
蝙蝠人形が口を挟んだ。
「ああ。犯罪を扱うのは事実だ。だが、世界の闇はすべて犯人一人が背負う。名探偵が犯人の罪を暴き、悪が退場すれば、秩序は回復する……その先は大団円が待っている……素敵だ。なんて美しい世界だろうか」
『何だこいつ、意味わかんねえぞ』
男の言葉一つ一つに熱を感じる。彼の言葉に嘘はない。
「探偵小説は理想的世界か。一理あるかもね。わかりやすい悪が一人いて、その人を捕まえれば全部解決、なんて……現実はそう簡単にいかないから」
「ほう。そっちの蝙蝠と違って、君は話がわかるじゃないか」
理解者認定された。嬉しくない。理想の物語を語る変態に覚えがあるだけなのに。
「そう、そこなんだ。俺は常日頃から悪い奴を排除してる……一人の悪どころか、何百人と、たくさんたくさん殺してきたんだ……でも、大団円は訪れない。目の前の世界は血みどろで、汚い。どうしてだろうな?」
「たくさん殺してるからじゃないかな?」
男が笑い声を上げる。
彼の中でどういうジョークが成立して、何が彼の琴線に触れたのか、理解できない。もはやちょっと怖いまである。
男は一通り笑った後、うっとりと息を漏らした。
「……ただ一つの闇を祓った先に広がる、清らかな世界……それがもし、実現するなら……」
男の顔から、一瞬で笑顔が消える。
「なんて幸せなんだろう」
男は、幸福なんて感じさせない真顔で言った。光が宿った目はまっすぐで、確かに据わっているのに、視線の先は何もない空間だった。
『現実にはいねえだろ。世界の闇を一人に集約した悪なんて』
「そうでもない。俺がいる」
男は本を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
男の袖口から細い鉄鎖がシャランと伸びた。鎖の先には奇妙な形状の振り子が吊り下げられている。
「……白蝶真珠?」
地球儀を模した装飾品だろうか。縦横に直交する二つの鉄の円環が、乳白色の球体を閉じ込めていた。男が鎖を軽く揺らすと、真珠は円環の中を踊る。
「俺は死に際……俺という闇を祓い、美しくなる世界を目にする」
男の背後、空中に黒い一本の亀裂が走る。音もなく縦へ引き裂かれ、巨大な裂け目へと広がった。
裂け目の向こうには、礼拝堂とは別の景色が見える。雪原だ。見覚えのある石造りの家々も確認できる。
一人、また一人と、竜族たちが裂け目を潜り、礼拝堂へと足を踏み入れてきた。僕たちを殺気立った視線が包む。
『ワープゲートはズルいだろ』
「……せっかく撒いたんだけどな」
『竜を支配する術式って聞いたが、召喚までできるとは聞いてねえぞ。ちょっと便利すぎないか?』
どういう使い方なんだろう? 彼を殺して術式を奪う前に、ある程度観察と分析はしておきたい。今のところ、あの真珠が何かしらのキーアイテムらしいということしかわからないけど――。
男がまっすぐに僕を見つめる。
「君は難しい顔をしてばかりだ。俺は何か、変なことを言ったかな?」
「ずっと意味不明だよ」
「そうか? 美しく理想的な世界を見てみたい……至極真っ当な行動原理に思えるがね……何せ俺は、テロリストなんだから」
「知ってる? テロリストは、あんまり自分をテロリストって呼ばないよ?」
革命家ゴードン・フィールディングは、また声を上げて笑った。やっぱり僕には、彼の笑いのツボが理解できない。
コメント
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いやあ、第5話も痺れましたね…!フィオがデスマスクで竜の兵を装って忍び寄る戦術、めちゃくちゃ格好良かったです。それでいて「グレイヴ卿の脳みそを分解したときよりコツを掴めてきてる」って冷静なのが彼女らしい。 そして何より、あの探偵小説好きの変態…ゴードン・フィールディング。「俺という闇を祓い、美しくなる世界を目にする」って自己認識が完全に狂人で怖いけど、その純度の高さに引き込まれました。テロリストなのに自分をテロリストって呼ぶ潔さも含めて、ものすごく印象的なキャラです。続きが気になる…!