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体育が終わり、お昼ご飯の時間に。C組の恋弁(れんか)と風善(ふうぜん)もD組にやってくる。
「はあぁ〜…。バスケではふーに勝てないかぁ〜」
雲善(うんぜん)が背もたれに寄りかかる。
「まだ言ってるわ」
「雲善はふーに勝てると思ってたんだね」
「んー?なに琴道。今の言い方ー。棘なーいー?」
「いやいやいや。お兄ちゃんなんだなーって」
「やっぱなんか棘あるよねー?」
という雲善と琴道のやりとりに笑う名良(なら)と風善。
「芸術的な力はどっちのほうがあるん?」
名良が何気なく聞く。
「んん〜…」
「んんー…」
雲善、風善、それぞれ顔を見合わせる。まるで写し鏡である。
「どっちもどっちって感じ?」
琴道が聞く。
「絵に関しては」
「どっちもそこそこうまいよな?」
「うん」
「じゃあ」
琴道がノートを出して
「まずは雲善。ここに犬描いて。あ、ふーは見ないでね」
とノートの左側を指指しながら雲善にシャーペンを渡す。
「おう」
「わかった」
風善は見ないように目を背けながらお弁当を食べ、雲善は琴道ノートに犬を描く。
「ほい」
琴道にノートを渡す。琴道は見ないようにページを捲る。
「次はふー。ここに」
「犬ね?描いてみるよ」
「うん」
琴道はノートの右側を指指しながらシャーペンを渡す。
雲善は見ないように目を背けながらお弁当を食べ、風善は琴道ノートに犬を描く。
「スゲェ。さっきの再放送だ」
その様子を見ながら名良が呟く。
「たしかに」
琴道が笑う。
「はい。描けたよ」
風善が琴道にノートを渡す。
「名良。ノートの右側手で隠して」
「ん?うん」
名良は言われた通り、ノートの右側を両手で隠す。
「じゃあいきます」
「お?おう」
琴道は左側の1ページを破る。
「名良、離していいよ」
「おう」
ノートを破り切る瞬間に名良が覆っていた手を外す。
するとノートの左に雲善の描いた犬、右に風善の描いた犬が現れた。
「…」
「…」
黙る名良と琴道。
「おぉ!なるほどな!…はいはいなるほどな!」
「兄ちゃんとオレをページを捲った左右に描かせることで
1枚ページを破ったら2人とも互いの絵を見ずに、尚且つ左右に並ぶから比べやすいってわけだ」
雲善が説明できなかったことを言葉にして説明してくれる風善。
「それ!」
盛り上がっている木扉島(ことじま)兄弟だが
琴道と名良はその木扉島兄弟が描いた“犬”の絵を前に固まっている。固まっている理由その1。
「犬?」
「犬…か」
めちゃくちゃ下手だという点。
「犬なんだろうね。耳あるし、舌出してるし…笑ってるけど」
「尻尾も振ってるね。振ってるってわかるようにご丁寧にエフェクトまでつけて」
固まっている理由その2。
「いやぁ〜それにしても」
「そっくりだね」
木扉島兄弟が反対から見ながら呟く。そう。お互いどんな犬を描いているか知らない状態にしたにも関わらず
写し鏡、いや、写したようにそっくりなのである。
「え。トレースした?」
琴道が思わず聞く。
「トレース?なにそれ?」
「お手本の絵を下にしてお手本の絵をそのままなぞることだよ」
風善が雲善に説明する。
「へぇ〜。したの?」
「しないよ。オレのほうがうまいし」
「それはないね!オレのほうがうまいし!」
「どんぐりの背比べにも」
「程があるな」
「なぜか2人とも左向いてるし」
「なぜか2人とも舌出して笑ってるし」
「尻尾振ってるエフェクトまで同じ」
「さすが双子って感じ?」
「あの世界一有名な六つ子でもこんな似ないだろうね。あんな毎晩長い布団で一緒に寝てる仲良し六つ子でも」
と呟く名良。
「ん?一緒に寝てる?雲善とふーが?」
「ん?部屋は同じだけど?」
「「同じなんだ!?」」
驚く琴道と名良。
「何事!?」
その声に反応する糸、嶺杏(れあ)、恋弁(れんか)、ヨルコ。
「今の声は紺堂くんと奥田くんだね」
と男子のほうを見ながら言うヨルコ。
「え。そうなの?声で識別できんの?」
嶺杏が静かに驚く。
「まあ…うん?」
「すごー!」
「うるさ」
「ヨルコめっちゃ耳良いんだ?」
「良いのかな?」
「「「良いでしょ」」」
思わずハモる糸、嶺杏、恋弁。
「んふぅ〜。仲良しぃ〜」
嬉しそうな糸。
「え。同じ部屋なんだ?」
引き続き驚いている名良と琴道。
「うん」
「小さい頃から?」
「小さい頃…いつから?」
「小学校…4年くらいからかな」
「たぶんそんくらいかな?」
「小学校低学年までは母さんたちと寝てたけど、自分たちの部屋が欲しいってなって」
「そんな感じだっけか」
「今の家買ったときに、そもそも姉ちゃん2人生まれたときに、男の子が欲しいけど
次男の子でも女の子でも最後にしようと思ってたんだって。でエコー見たら双子でしょ?
子ども3人想定で買った家だから割り当てられる部屋が1つしかなかったんだって」
「あ、そうなんだ?」
雲善も初耳。
「兄ちゃんが外で遊んでるときに聞いたことあった」
「2人同じ部屋なんだぁ〜。じゃあ、KBみたいな感じかぁ〜」
と斜め上を見て妄想の世界に入りつつある琴道。雲善も風善も名良も
え。KBってなに
と思った。
「名良にオレにふーに雲善。4人。
あぁ〜ここにドイツのハーフの金髪碧眼の転校生いたらなぁ〜完璧なのに」
雲善も風善も名良も
え。なんの話
と思った。
「あ、でも雲善みたいではないんだよなぁ〜…。2人ともふーみたいに落ち着いてるタイプだし」
「誰が騒がしいねん」
という雲善のツッコみもお構いなし。
「2人とも性格も似てるしなぁ〜。
ドイツのハーフの子と小さい頃知り合いになったのふーのほうかなぁ〜。
でも風で風邪で寝てるのはふーっぽいし、外で遊ぶタイプは雲善だし…」
妄想に入り浸る琴道。
「兄ちゃん、名良、こうなった琴道はもう誰にも止められない」
「え、琴道って1年の頃からそうなの?」
頷く風善。
「え。怖いんだけど」
という感じでお昼ご飯が終わった。
お昼ご飯が早く終われば終わるほど長く取れるのがお昼休憩。俗に言う昼休みである。
あらためてノートに描かれた“犬”の絵を囲んで見る雲善、風善、琴道、名良。
「うん。尻尾振ってる感じとか」
「舌出してる感じとかね」
「よく描けたわ」
「兄ちゃんにしてはね」
「そっくりそのまま返すわ」
割とよく描けたと言う木扉島兄弟。
「犬か」
「犬ね」
さっきから微妙な反応の琴道と名良に対し
「じゃあ2人は」
「オレたちよりうまいんだろうね?」
「「ね?」」
挑発的に言う木扉島兄弟。
「いや…それは」
「そうですね?それはちょっと」
「事務所NGなんで」
「どこの芸能人だよ!」
「いやぁ〜。いいツッコミだわ。さすが雲善」
「だね。雲善のツッコミにはいつも助けられてるよね」
「そうそう。お礼言おうか」
「「いつもありがとう、雲善」」
頭を下げる琴道、名良。
「お、おう」
「じゃ、トイレにでも行こうか」
「そうだね?」
と立ち上がる2人を木扉島兄弟がそれぞれの肩に手を置いて
「「いやいや?逃さないよ?」」
と引き留める。
「バレたか」
「バレバレだわ」
「じゃ、まずは琴道から描いてもらおうかな?」
「オレは…」
と尻込む琴道に笑顔で
「よろしくお願いします」
とシャーペンを差し出す雲善。
「怖いって」
仕方なく描く琴道。
「お、おぉ…」
「いや、うまいんじゃない?」
「え。うまくね?」
評価がなんとも言えない琴道の犬の絵。その絵はたしかに犬ではあるのだが
完成度としてはマンガ家志望で絵を描き始めた初期の頃の感じの絵である。
絵を描かない人、苦手な人から見たら上手い。
しかし絵がうまい人からしたら、見たら過去を思い出すような
なぜか見た方が恥ずかしい気持ちになる絵だった。
「まだまだ下手だから描きたくなかったんだよ」
「琴道ってマンガ好きなだけじゃなくてマンガ家になりたかったりする?」
と名良が聞く。
「いや…。うん。なれたらいいな?的な感じだよ?」
「へぇ〜?なんか案とかあんの?」
雲善が興味津々に聞く。
「んんん〜…。ない」
「ないんかい!」
「さすが。いいツッコミ」
と言う風善。
「ほんと」
と笑う名良。
「ジャンルとかは?4コマとか」
風善が聞く。
「んん〜…。特に決めてない」
「ないんかい!」
「さすが」
「名人の域だな」
「でも、最近思うところはあるんだよ」
琴道がエヴァ○ゲリオ○の碇ゲ○ドウのように机に肘をつき、手を組む。
「思うところ?」
「なにに?」
「2次元界隈」
「琴道が大好きな世界じゃん」
「そう。だからこそ思うところがある」
「可愛い子には旅をさせよってことかな?」
「あぁ、好きだからこその苦言的な?」
「そんなところです」
急に敬語。あ、これガチのやつだ
と思う雲善、風善、名良。覚悟を決めて聞く体勢に入る3人。
「まず第一に。エロで釣り過ぎ問題」
「エロ!」
「エロ」というワードに反応するおアホな雲善。
「どういうこと?」
同じ顔なのに冷静な風善。
「谷間とかパンチラとか。そーゆーの描けば見てもらえる、読んでもらえる。
まあ、成人向けならわかる。成人向けには大切な要素だからね。でもですよ」
おぉ。また敬語
敬語になるとなぜか怒られるような気がして姿勢を正す雲善、風善、琴道。
「たとえば「良い話」を描こうとします。でも読んでもらいたいからという思いで
安直に谷間ガッツリ見せたり、パンチラ描いたり。それが後々響いてくると思うんだよね。
ていうか1読者の私から言わせてもらうと響いてる。例えば「自分の気持ちは自分の為に」とかいう名シーン。
いやいや。あんた男の部屋で水着になるという痴○っぷり発揮しとったがな。ってなるのよ。
「イメージ壊したくない的な?」いやいやいやいや。
あんたの痴○っぷりが現実味なさ過ぎてイメージぶっ壊れてるよ的な?
もうギャル語も感染る的な?ていうかもうギャルのイメージ違う的な?いや、うちの学校ギャルいないし
オレみたいなヲタク全開のキモヲタ陰キャがギャルと関わるなんて現実的にないし
それこそオレみたいなヲタク全開のキモヲタ陰キャがギャルと関わるなんて
2次元の世界でしかありえないっていうか。マンガ、アニメの最初のほうでエロ出すなら
もういっそのこと振り切れば良いんじゃない?エロマンガの方向に。
え、だってさ、普通に生活してて「うわ、エロっ」なんてシーン遭遇する?ねえ」
と急に雲善、風善、名良に質問が来てビクッっと姿勢を正す3人。
「あ、えぇ〜…自分はないです」
と言う名良。なぜか敬語。
「そうだなぁ〜…。たまに夏、姉ちゃんが薄着で、あ、下着とかじゃなくてね?
なんていうのあれ。タンクトップの肩紐バージョン…チューブトップていうんだっけ?
あれと短パンでリビングにいるとき、胸元緩いから谷間見えるときはあるけど
でもエロいとは思わないかな。目に標準機能でモザイクかける機能あればいいのにって思う」
自分の姉に対して毒を吐く風善。
(ちなみに風善の頭の中にイメージ上では姉の谷間にはモザイクがかかっておりました)
「あぁ〜わかるわ。別にうちの姉、ギャルとかではないけど
夏、家ん中ではギャル的な格好でうろちょろしてるからな。でもたしかにエロいとは思わない。
日常でエロいと思うことかぁ〜…。ま、駅とか学校の階段でたまたま、マジでたまたまね!?
たまたまパンツ見えたときとかは「ありがとうございます」って心の中で感謝するね」
変に赤裸々に述べた雲善。
「でしょ?そんくらいでしょ?うち(猫井戸高校)でエロいなぁ〜なんて瞬間ある?」
「ううぅ〜ん…」
「う〜ん…」
「えぇ〜?うち(猫井戸高校)で?」
考える雲善(うんぜん)、風善(ふうぜん)、名良(なら)。
「ないかも」
「ない」に1票の風善。
「…ないなぁ…」
「ない」に1票の名良。
「まあ、さっきも言ったけど階段とかでのパンチラ。あとは女子が走ってるときに揺れる胸見たときかな」
「赤裸々」に1票の雲善。
「そんなもんでしょ?そもそもうち(猫井戸高校)校則割と厳しいし
制服着崩しできないし、だからギャルもいないし」
「いないこともないんじゃね?ま、制服は着崩してないけど」
と言う雲善に、ぐっっと詰め寄り、キスするんですか?という至近距離に顔を寄せ
「オレみたいなヲタク全開のキモヲタ陰キャが、ギャル、ギャルじゃないの区別がつくとでも?
そもそものギャルの定義すら知らないし、ふーと仲良くなってなければ
雲善みたいなバリバリ最強No,1みたいな陽キャとも関わってないヲタク全開のキモヲタ陰キャが
高校入ってまだ5回くらいしか女子と話してないヲタク全開のキモヲタ陰キャが
「あ、ギャルだ」「あ、清楚系ビ○チだ」「あ、ギャルの皮被ってる陰キャだ」なんて
識別できるわけないよねできると思う逆に」
と早口で捲し立てた。
「…はい。なんかすいませんでした」
謝る以外の逃げ道がなかった雲善。
「そもそもさっき琴道が言ってた通り、うち(猫井戸高校)校則変に厳しいからね。
達磨(達磨ノ目高校)とかコーミヤ(黄葉ノ宮高校)とか…あと亀池(きゅうち)(亀池学園)もそうか。
あそこらへんは校則緩々だから琴道が想像してるようなギャルがいるかもしれないね」
優しく言った風善。
「いないね」
「え?」
雲善に近づけていた顔をホラー映画のように、グギギギと風善のほうに向け
「いないよ。幻想だよ」
と抑揚なく言う琴道。
「…はい。ごめんなさい」
兄同様、謝る以外の逃げ道がなかった風善。
「あんなのオレみたいなヲタク全開のキモヲタ陰キャが描いてる妄想なんだよ」
「あ、目に光がない」
「ほんとだ」
「オレみたいなヲタク全開のキモヲタ陰キャが「こうだったらいいなぁ〜」
「こんな青春送りたかったなぁ〜」っていうキモい妄想を描いてるんだよ。
だから現実味のないエロが混ざってたり、現実味のないギャルが描かれてたり
モテてモテて、謎に陰キャ童貞がモテて、ただ家庭教師しただけで○つ子全員から好意を向けられたりして
1人に決めずにダラダラ先延ばしにして女の子を不幸にさせるハーレムものがあったり
非現実的な話が出来上がるんだよ。でも聞いて?なにもエロに脳が半分支配されてる
オレみたいなヲタク全開のキモヲタ陰キャが描いてるマンガばっかじゃないのよ。
「○○○○とロー○○ー」とか「よ○もい」とか「ゆる○○○」とか「ゆる○○」とか
いろんな素晴らしい作品あるの。ほぼエロ要素なし。よ○もいなんて号泣よ?
オレもう7回は見てるけど7回とも第2話から号泣。最終話には涙枯れるよね。
あと「○○ブタ野郎」シリーズもヤバい。まあ、多少エロはあるけど別に釣りようのエロじゃない。
ま、必要かと言われると必要ではないかもだけど。でも泣けるのよ。映画も観に行ったけどね?2回かな?
オレ以外の人も泣いててさ?場内鼻啜る音が響いてさ?ま、わかるのよ。オレも泣いたし。
でもオレは押し殺して泣いてたのよ。映画に没入してたのに、他の人の鼻啜る音で一気に冷めたよね。
いや、しょーがないけどさ?いや、脱線したわ、ごめんごめん。
とにかくエロで釣るような、オレみたいなヲタク全開のキモヲタ陰キャが描いてるマンガだけじゃないのよ。
釣りエロなしの素晴らしい作品も数多くあるのよ。そっちにもっと焦点当ててほしいよね。
いや、でもヲタクが知る素晴らしい作品を“一般人”(強調)が知って、一般人特有の語りたがり?
知ってる?この作品。めっちゃおもろいのよ。まだマイナーなんだけどさ?とか言うのは
キモすぎてよゆーで吐けるよね。だから一般人には知られたくないみたいなとこもあるけど
そんな素晴らしい作品、釣りエロしないで真っ向勝負してる人にこそ
印税が多く入ってほしいから売れてほしいんだけど…。ヲタク心は複雑よね…。
釣りエロ…。いやわかるのよ?発行部数が多いマンガって釣りエロが入ってるのよ。
あ、ヲタク、そして一般人に読んでもらうためにエロ要素入れることを
オレは「釣りエロ」って呼んでるんだけど、わかるよ?読んでもらって売れるためには釣りエロも必要だって。
でもその釣りエロが、安易に入れた釣りエロで自分の首締めるよって作者様に言いたい。
良い話描く予定なら安易に入れたエロ要素が後に響くよって。しょーもない。
エロ要素入れるんならエロマンガ描けよ。クソハーレムで乱○マンガとか、エロギャグマンガとかもあるし。
良い話描きたいなら釣りエロなんて入れずに良い話真っ向勝負しろよ。もっとリアリティー入れてくれよ。
現実逃避でマンガ読んでるから現実離れした内容のほうがいいだろって?(誰も聞いてない)
違うのよ。現実逃避したくてマンガ読んでるってのもあるんだけど
でも読んでてリアリティーない部分見つかると一気に「あ、マンガだ」って現実に引き戻されるのよ。
あと女の子不幸にするようなハーレムものは成人マンガ以外はもう需要ないから。
これだからオレみたいなヲタク全開のキモヲタ陰キャはダメなんだよ」
※ピンポンパンポーン。昼休みに奥田琴道くんが話した内容は架空のものです。
既存の作品、作者を示しているものではありません。失礼致しました。※
というような感じで琴道の独演会ならぬ毒演会で昼休みは終わった。
午後の授業が始まり、雲善、風善、名良は昼休みにも授業を聞いた感覚で
目の中が洗脳されたように渦巻状になっていて、珍しく雲善も午後の授業、起きていた。
「雲善くん起きてんの珍し」
と呟きながら嶺杏(れあ)は前の席の糸が寝そうにコクンと首が落ちたら
イスの下から上履きのつま先部分で突くという作業をしていた。
ヨルコも前の席の雲善の後頭部が見えることが珍しく、隣の席の名良に
「ねえねえ。雲善くんなにかあったの?」
と聞くが、その名良はというと
「世の中には素晴らしい作品がある。釣りエロ、リアリティーなし、ハーレムはクソ、ゴミ。
釣りエロは自分の首を絞めることになるぞ。しょーもないエロ要素。
オレみたいなヲタク全開のキモヲタ陰キャ。現実味のないギャル。
男性作者はみんなヲタク全開のキモヲタ陰キャ。女性作者は現実味のある作品を描く人が多い。
でも少女漫画は実写化していいというクソみたいな風習があるからドラマは消えていいと思う」
と洗脳されたように渦巻状の目でブツブツ呟いていた。
「?」
首を傾げるヨルコ。そんな感じで午後の授業も終わり、帰りのホームルームへ。
「あぁ…オレはなにを?」
我に帰る名良。
「どうしたの?」
「え?」
「なんかずっと呟いてたよ」
「あぁ、そうか。琴道に洗脳されてたんだ。やっと洗脳解けたんだ。危な。
琴道マジでキモヲタ陰キャ教の教祖様になれるよ」
と言う名良にクスッっと笑うヨルコ。
「じゃあ雲善くんが起きてるの珍しいなと思ったら、洗脳されてたんだね?」
「うん、そうだと思う。…今もー…」
机に身を乗り出し、雲善の顔を左右から覗き込む名良とヨルコ。
「世の中には素晴らしい作品がある。釣りエロ、リアリティーなし、ハーレムはクソ、ゴミ。
釣りエロは自分の首を絞めることになるぞ。しょーもないエロ要素。
オレみたいなヲタク全開のキモヲタ陰キャ。現実味のないギャル。
男性作者はみんなヲタク全開のキモヲタ陰キャ。女性作者は現実味のある作品を描く人が多い。
でも少女漫画は実写化していいというクソみたいな風習があるからドラマは消えていいと思う」
と洗脳されたように渦巻状の目でブツブツ呟いていた雲善。
「うん。まだ洗脳されてるわ」
「ほんとだ」
そんなこんなで帰りのホームルームも終わり、そこでやっと
「はっ!オレは今までなにを」
と洗脳が解けた雲善。
「んじゃ、帰ろーやー」
いつもの雲善に戻った。
「おう。帰るか」
「帰ろー」
琴道が笑顔で来た。
「「教祖様、帰りましょう」」
雲善、名良が頭を下げる。
「?」
キョトン顔の教祖様。
「ヨルコー帰ろーよー」
糸がヨルコに向かって歩いてきた。その後ろには嶺杏(れあ)が。
「うお。ギャルだ」
と雲善が嶺杏に向かって言う。
「は?私?」
コクコク頷く雲善。
「いやいや。陰キャですよ。陰キャ」
「「「それはないでしょ」」」
糸、雲善、名良が否定する。教室を出ると風善と恋弁(れんか)が仲良さげに話しており
男子は男子で、女子は女子で合流して帰ることに。
「コンビニ寄るか」
「見つかったら怒られるけど?」
「大丈夫大丈夫。先生ここら辺来ないから」
「なんでわかる」
「え?雲善様の勘?」
「兄ちゃんの勘かー。案外バカにできない」
「そうなんだ?」
とコンビニに行こうとしたが
「あれ?…あれ」
と道の端で体中を触り、スクールバッグの中も漁る名良。
「どーしたん?」
「財布ない」
「マジ?落とした?」
「わからん。学校に忘れたかも」
とスクールバッグのジッパーを閉め、背負い直して
「悪い。シラけるけど先帰ってていいよ。オレ学校戻るわ」
と言って踵を返す名良。
「全然大丈夫だよ。財布あるといいね」
「ありがとふー」
「また明日ね、名良」
「うん。また明日」
「雲善様の運を授けよう」
「その運じゃねーだろ。でもありがと。また明日」
と言って軽く駆ける名良。雲善、風善、琴道の手前軽く走ったが、角を曲がり、歩きに変える名良。
立ち止まってワイヤレスイヤホンを取り出し耳に入れ、スマホでテキトーなプレイリストを再生して歩き出す。
そして何度確認しても同じだが、自分のパンツの後ろポケット、制服のジャケットのポケットを確認する。
やっぱないよな…
もしかしたら落としたかもしれないと思い、道も見ていく。
しかし結局猫井戸高校の正門に着くまでの道中には落ちていなかった。
もしかして途中で落として誰かにパクられた?でもそんな金入ってないしなぁ〜…。
あ、親切な人が交番に届けてくれた?交番行くの?めんどくせぇ〜…
と空を見上げた。空を見上げたその視線の片隅にピンク色のなにかが見えた。
「なんだ?」と思い、そちらに視線を移す。
すると学校の屋上にヨルコがいた。ピンクの髪が風で揺らめいていた。
なんだ。イサさんか
と視線を昇降口に戻す。
「…。は!?」
飲み込んだ名良だったが逆流してきた。猫井戸高校は屋上には入れない。
一応屋上にはフェンスが設置してあり、過去には屋上に行けたらしいが
今は屋上への出入り口は施錠され入れないようになっている。
「え。え?え?なんで?」
パニックである。
「飛び降りとか?いやいやいやいや。あんな勝ち組必死なイサさんがなんで?
いや、あんな容姿端麗だから実は裏でイジメられているとか。え、どうしよ。
え。先生に言って。いや、ただ黄昏てるだけかも。
そんなとこに先生と行ったらぶち壊しだし、なによりイサさんが先生に怒られる。あ、え。どうしよ」
結局名良は昇降口に走っていって靴を脱ぎ捨て、上履きなんか履かずに
靴下のまま滑る廊下を滑って転んだり、先生に注意されながら階段を上っていき
屋上の扉をドンドンドンドン!と拳でノックした。
「イサさん?イサさん!」
もっと大きな声で呼びたかったが、これ以上大きな声を出すと
「何事?」
と先生、生徒が集まってきそうだったので、扉に顔を近づけて
イサさんに届きそうな、でも騒ぎにならないレベルの声で呼びかける。
するとカチャッっと鍵が開く音が聞こえ、ゆっくりと扉が開く。
そこには風で靡いた綺麗なピンク色の髪を耳にかけ
「あ、鍵かかってたのか」
というヨルコがいた。
「あぁ、イサさん」
「心配してきてくれたの?」
と微笑むヨルコ。
「え?」
とキョトンとした顔をする名良にハッっとして
「あ!いや!ま、とにかく入って。ここで話してたら誰かに見られちゃう」
とヨルコは名良の手を握り、屋上に引っ張る。不意に握られた手に心拍が加速する名良。
柔らかく小さな手。扉が閉まる音がして屋上の景色が広がる。
「うわ。ひろっ」
「ね。いいよね」
「でもどうして」
「いやぁ〜…。高校の屋上ってなんか憧れない?」
「そんな理由だったのか」
と安心して座り込む名良。
「心配して損した」
と呟く。
「えへ。ごめんね?でも嬉しかったよ。ありがと」
「はいはい。どーも」
「でも紺堂くんこそ、なんで帰ってきたの?」
「あぁ。財布が無くて。教室に忘れたみたいで」
「あ、そうなんだ?」
「イサさんこそ、みんなと帰ったんじゃないんですか?」
とヨルコを見るとヨルコは口角を上げ、制服のジャケットのポケットから
「じゃーん」
と言いながら折り畳みの財布を出した。
「実は私もお財布を忘れて帰ってきたのであったー」
と言った。その表情、言葉、すべてにドキッっとした名良。
「イサさん、しっかりしてそうなのに」
「そおかな?」
ヨルコも名良から少し離れた位置でお尻のほうのスカートを押さえながら座る。
「…ま、そうでもないか」
「ちょっとー。なにそれー」
と笑うヨルコ。
「紺堂くんが言ったんじゃん」
「うん。なんか…気のせいだったみたい」
「ひどくない?」
プクーっと頬を膨らましたその顔にドキッっとして目を逸らし
「あぁ、え、ごめん。なんか勢いで言ったけど、あらためて見るとそんなしっかりしたイメージはないなって」
「なんでそんな追撃してくるん?」
と言うヨルコに笑う名良。その名良を見て笑うヨルコ。
「あ、紺堂くん見て。めっちゃ綺麗」
と指指すヨルコ。その指の先を見るまでもなくわかった。
その指指しているヨルコの指、横顔がオレンジ色のスポットライトを浴び始めた。
ヨルコが指指す方に視線を移す。すると案の定、でも思ったよりも綺麗で青春な夕空が広がっていた。
青空の空色にオレンジ色が侵食し始め、まばらにあった白い雲も影を落とし始めていた。
「うわっ」
綺麗な夕空を見たとは思えない第一声が漏れた。
「うわって」
ヨルコもツッコむ。
「第一声それ?ふつー「きれー」とかじゃないの?」
「いや…まあ綺麗は綺麗なんですけど、状況があまりに青春すぎて」
「いいじゃん。青春」
「ちょっと…致死量ですね」
「致死量の青春?」
と笑うヨルコ。致死量の青春というのは嘘ではなかった。
このままヨルコに恋愛感情を抱いて…そんなことを想像するだけで嫌になった。
ただその反面、今この状況が楽しくて仕方なくて名良も笑った。