「お待ちください、オリバーさま!!」
私とオリバーの前にメイド長が立ちはだかる。
やはり、私が彼女の監視下から離れることはよくないことらしい。
「エレノアを同行させるおつもりですか?」
「そのつもりなんだけど」
「エレノアは働いて二か月しか経っていない新米です。彼女がオリバーさまの世話をできるとは到底」
「なに? 僕の決定に文句があるわけ」
メイド長はそれらしい理由で私をオリバーに同行させるのは相応しくないと抗議した。
彼女の主張はごもっともで、私はソルテラ伯爵家の屋敷のメイドとして勤めてから二か月しか経っていない。いや、そろそろ三か月目になるところか。
しかし、私は十回【時戻り】をしており、約二年間メイドとしてソルテラ伯爵邸で働いている。
それくらい経験を積んでいれば、オリバーの付き人としてそれなりの仕事をこなせるはずだ。
私は堂々とした態度で、メイド長を見ていた。
隣にいるオリバーは、主人の決めたことに口を出すのかという無言の圧をメイド長にかけている。
「それに、同行者は誰もつけないと先ほどまでおっしゃっていたじゃないですか」
「ここから戦場へ向かうのに、話し相手が欲しいとついさっき思い立ったのさ」
「話し相手が欲しいというのであれば、私が適任のメイドを選出いたします」
オリバーに圧をかけられても、メイド長は食い下がる。
それほど、彼女は私を屋敷に置きたいらしい。
「エレノアではダメなのかい?」
「はい。エレノアはまだメイドとして経験も浅く、未熟ですから」
「そう……」
メイド長は頭の回転が速く、それらしい理由をすぐに並べる。
筋が通っているからやっかいだ。
普段ならオリバーはここで折れ、メイド長の進言を聞いただろう。
「君は僕に虚偽の評価をしたのかい?」
「それはどういう」
「僕には君から『エレノアは掃除、洋裁、料理、すべての仕事を完璧にこなす優秀なメイド』だって報告を受けているんだけど」
「うっ」
「それなら、僕の付き人も完璧にこなすよね」
「いえ、エレノアは付き人の教育を施してはいませんので」
「じゃあ、僕が直接教えるよ。それで文句はない?」
「……」
頭の回転と巧みな話術ならオリバーも負けてはいない。
私たちソルテラ伯爵家のメイドは、主人のやることに口を出してはいけないと教え込まれている。
メイド長という立場だからここまで主人のオリバーに抗議することができたが、限界のようだ。
表情は変わらないものの、彼女は下唇を強く噛み、悔しがっていた。
「分かりました。長く引き留めてしまい、申し訳ございません」
メイド長はオリバーに頭を下げ、道を譲る。
「さあ、乗ろうか」
「はい」
オリバーのエスコートの元、私たちは共に馬車に乗った。
「皆、僕はこの屋敷に必ず帰ってくるから!!」
オリバーと私を載せた馬車が動き出す。
彼は小窓を開け、メイドと使用人たちにそう言った。
「「行ってらっしゃいませ! オリバーさま!!」」
彼らは声をそろえて、オリバーに返した。
皆の声を聞いたのち、オリバーは小窓を閉め、杖を軽く振る。
「これで御者は僕たちの話は聞こえないよ」
「では、私の五年間の旅路をお伝えいたします」
御者に聞き耳を立てられぬよう、オリバーは馬車の内部に魔法をかけた。
それなら声の音量を気にすることなく話せる。
私はすうっと息を吸って、自身の気持ちを整える。
そして、私が経験した五年間、九回目の【時戻り】について、オリバーに語った。
☆
巨大な火球を戦場に落とした後、それが反撃の合図だと言わんばかりに遠隔兵器がカルスーン王国各地に落とされた。
かの王国が誇る”魔道障壁”もマジル王国の遠隔兵器にはかなわず、王都は一瞬にして壊滅状態に陥った。
ソルテラ伯爵邸も対象であり、生存したのは隠し部屋に避難した私とブルーノとスティナ、地下の資料室に避難していたメイド長のメリル、たった四人。
隠し部屋で身を潜めていることも出来たが、グレンが好意を利用してスティナをおびき寄せたばかりに私とブルーノはマジル王国軍に保護され、本国へ連れていかれた。利用価値を失ったスティナはグレンがその場に殺害し、瓦礫と化したソルテラ伯爵邸に捨て置いた。
マジル王国へ帰国した私は、すぐに婚約者であるアルス・ティンバー少佐と結婚した。
それから五年間、私はアルスの夫として生活を送る。
共に保護されたブルーノの行方は知らないが、オリバーは王城の一室にずっと幽閉されていた。
その間、マジル王国は敗戦したカルスーン王国を占領し、領地とした。
マジル王国がカルスーン王国へ勝利してから五年後、沈黙していたブルーノが行動を起こす。
城に巨大な火球を落としたのだ。
その結果、城と付近の建物は消失。近隣の建物は暴風によって全壊し、多大な被害をもたらした。
そこで【時戻り】の水晶が発動条件を満たし、私は十度目の【時戻り】を行った。
「――なるほどね」
私は要点だけを絞って、オリバーに話した。
けれど伝える情報が多く、三日かかってしまった。
オリバーは全てを聞き終えるまで、私の話を筆記帳に書き取りながら聞いてくれた。
「秘術を撃ったらまた同じ展開になるわけだ」
秘術を撃ってもこの戦争には勝てない。
やっとのこと手に入れた秘術も、マジル王国の前ではカッラモンドの生産地を造る禁術として利用される。
私にはカルスーン王国を勝利に導く方法はもうないと思っていた。
「なら、”別の手”を打たないと」
けれど、オリバーは絶望していない。
むしら希望に満ちた表情を浮かべていた。